希望のレール

第三セクター民間鉄道の経営が楽ではない、ということは誰もが認識している。その理由は簡単明瞭。旧国鉄の特定地方交通線から転換された路線が多いからだ。

言うまでも無く、特定地方交通線は1980年(昭和55年)の国鉄再建法成立で廃止を宣告された路線である。過疎化やモータリゼーションの興隆で鉄道利用者が激減したことから輸送密度が4000人/日以下の路線は「バスによる輸送が適当」という結論が出されたのである。

尤も真っ先に廃止された北海道の美幸線の様に殆ど人の住んで居ない地域に敷設されたため輸送密度が82人/日という凄まじい路線も含まれていた。

ADVERTISEMENT

余談だがJR北海道が廃止を決めた留萌本線の留萌〜増毛間の輸送密度は67人/日、廃止を仄めかしている路線、例えば札沼線の北海道医療大学〜新十津川間の輸送密度は79人/日という空恐ろしい数値なのだ。

若桜線はその第1次廃止対象路線に含まれていた。その時点、1977(昭和52年)〜79年(昭和54年)の輸送密度はそれでも1558人/日だった。しかし、約20年後、2008年(平成20年)の輸送密度は541人/日、2013年(平成25年)には437人/日まで落ち込んでいる。第1次廃止対象路線に指定された時の3分の1以下である。

その背景には、山田さんの著書に拠れば若桜町の人口減少がある。昭和50年(1975年)には若桜町には6989人の住民がいたが、40年後の平成28年(2016年)には3468人と半減してしまったのだ。しかもその3分の1が65歳以上の高齢者なのだと言う。

林業の衰退を筆頭に沿線に産業(雇用機会)が無いため、若い人は仕事を求めて町外に流出してしまう。若い人が居ないから子供も生まれない。新たな人口増加がないため地域に新たな消費が生じない、故に産業も生まれない、という正に負のスパイラルだ。このままでは5年後、人口が3000人を割り込み鳥取県では最初に消滅する可能性の高い自治体という指摘がある、と山田さんは書いている。(p.110)

ここに、2014年9月マーケティング専門で生きてきたIT産業出身の山田氏が公募社長として登場する。

山田氏はそれ以前に由利高原鉄道のITアドバイザーとして人口減少の続くエリアで運行される第三セクター鉄道の実態と対応策を具体的に体験した上で、敢えて火中の栗を拾う覚悟で社長公募に応募したのだった。

この本でメインとなるのは、山田社長が自身の由利高原鉄道での経験に基づいて基本に忠実なマーケティング戦略立案のプロセスを書いている部分だろう。(第4章希望のレール p.149〜p.206)その丁寧な展開は実に正鵠を射ているのだが、拍子抜けする程、基本に忠実でぶれていない。マーケティングの教科書(具体的応用例)を読んでいるかの様だ。

しかし、実はぶれないマーケッター(=成功する戦略家)は極めて稀少なのだ。(筆者は長く広告系マーケティングの領域が専門だったのでこの世界の機微を少しは理解できる)

それは、そのスタンスの中心に「対象への深い愛情があるから」という、ある意味とても凡庸な結論になってしまう。

言い換えれば、この山田社長の著作は鉄道という世界、具体的には若桜という地域とそこに住む人々、そしてそれらと共生しようと努力し続ける若桜鉄道への「愛の告白」なのである。

しかも若桜という地域の歴史、住んできた人たちの生きるリズムとスタイルに逆らわず、しかし戦略的に不可欠である徹底的な合理性を共有していくという困難な力業がそこには秘められている。

もちろん、山田社長の個人史、何故鉄道を好きになったのか、何故、鉄道が消えていくことに奇異の念を抱いたのか、いち鉄道ファンとして共感する部分がたくさんある。また、由利高原鉄道での施策も、うーむ、と唸る様な奇策ばかりではないのだが、すごく順当でフリクションの少ない進め方なのだ。

『希望のレール』というタイトルが表しているのは、つまり、若桜鉄道単体での生き残りはあり得ず、鉄道は地域を活性化する「住民」として地域と共に生きていく、という決意なのである。

若桜駅

そうそう、巻末に2018年からの運行が予定されている「観光列車昭和」のイラストが掲載されている。既に平成28年の4月から若桜鉄道は車両も若桜町と八頭町に譲渡し、純粋に列車の運行を行う会社になった。若桜鉄道の4両の車両のうち3両のWT3000形はそれぞれさくら1〜3号となっているが、老朽化が進んでいるため内外装が更新される。これを機に水戸岡鋭治さんデザインの「観光列車昭和」に生まれ変わるのだ。

残念ながらカラー印刷では無いので色がわからないのだが、御存知の方も多いだろうが若桜市とともに若桜鉄道の施設と車両の所有者である八東町のホームページにカラーの図案がある。

https://www.town.yazu.tottori.jp/item/5731.htm

とにかく、この本、下手なエンタメ・フィクションよりも数段面白い実話が書かれている。

鉄道ファンならずとも一読すれば自分自身の生き方を改めて見直してしまう程のインパクトがあるのだ。

少なくとも筆者は「ええ勉強 さしてもらいました」という感謝の念が残った。

しかもとても丁寧な文章で圧倒的に読みやすい。超お奨めしたい一冊です。