何と言うのか 独特の空気感【木造駅舎巡礼10】山陰本線06

2021.01.25

※2020年8月撮影

トップ画像は、JR西日本山陰本線長門粟野駅。構内の跨線橋からのカット。前回と同じ様な始まり方ですが、この角度からの長門粟野駅舎が良いのです。黄色い屋根瓦を筆者がとても気に入ってしまった、という理由もありますが。

構内跨線橋の使われなくなった線路の上辺りから下関駅方面を見ています。レールは、ホームの途中で切断され無くなっています。

※2020年8月撮影

北上してきた山陰本線は、この長門粟野駅辺りで東に向きを変え、日本海に沿って長門市駅に向かいます。写真では見えませんが左の小高い山(串山/56.4m)の手間には栗野川下流が流れ、東側で油谷湾に注いでいます。遠くに雨乞岳(347.0m)がうっすらと見えています。上からは、元の線路が車止めの向こうから本線に繋がっている様に見えます。山陰本線の南(右)側に集落はなく山地が広がっています。

※2020年8月撮影

もう一度ホームの真上から下関駅方面。跨線橋を降ります。周囲は意外に山がちで限られた農地がわずかに開かれています。

※2020年8月撮影

階段途中から駅舎。駅舎の正面に「JA豊関(ほうかん)粟野支所」の建物がありましたが人の気配が全く無かったので閉鎖されたのかもしれません。

※2020年8月撮影

ホーム側駅舎正面。木造駅舎らしい佇まいです。半分以上使われていない庇が淋しい。

※2020年8月撮影

ホームから駅舎西側。駅舎の旧事務室部分は「地区の集会所に使われている」という情報もありました。その様な表札は見当たりませんでした。駅のある下関市豊北は、2005年(平成17年)に下関市になるまで豊北町でした。豊北町の範囲内にこの長門粟野駅から阿川駅、特牛駅、滝部駅、長門二見駅が含まれていました。

※2020年8月撮影

ホームから駅名標入れ込みで駅舎と構内跨線橋。

※2020年8月撮影

駅名標。

※2020年8月撮影

長門粟野駅は、1930年(昭和5年)当時の美禰線長門古市駅~阿川駅間延伸にともなって開業。1933年(昭和8年)山陰本線に編入され山陰本線の所属駅になりました。1963年(昭和38年)貨物取扱廃止。2017年(平成29年)交換設備を廃止、駅は棒線化されます。

元の交換設備、ここでレールは断ち切られています。

※2020年8月撮影

駅舎の旧事務部分側に古い温度計がありました。30年ほど前の写真を見ると駅舎の周囲の下部は見えている装飾板で囲まれていた様です。

※2020年8月撮影

ちょっと独特の空気感が感じられた長門粟野駅でした。次の駅に向かいます。

(写真・文章/住田至朗)


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