編集書は英名「キスレール」!?

東南アジアの鉄道風景をあしらった「これからの海外都市鉄道」表紙(画像:「これからの海外都市鉄道」から)

JARTSの編著書「これからの海外都市鉄道」は2020年3月に発行、2021年3月に交通図書賞の受賞が決まりました。JARTSの書籍では2005年に初版、2015年に改訂版が発行された「世界の鉄道」を手に、海外の鉄道を乗り歩くファンも少なくないと思います。

今回の書籍はもう少し上級者向けで、鉄道の専門家から、交通街づくりを学ぶ学生、鉄道を深く知りたいファンが、手元に置くのに最適な専門書といえます。英語のタイトルは「KISS-RAIL 2.0」。Keys to Implement Successfully Sustainable Urban Railwaysの頭文字で、「環境特性に優れ、利用される都市鉄道を実現するための鍵」といった意味でしょうか。

タイトルに「2.0」とあるのは、再版だから。2005年の初版は英語版だけでしたが、今回は初めての日本語版も刊行されました。内容も全面的にアップデートしたため、2.0と銘打ちました。

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編集委員には政策研究大学院大学の家田仁教授(委員長)をはじめ、国土交通省やJR東日本、東京メトロ、国際協力機構(JICA)、JICなどの専門家が名を連ねます。「都市鉄道の成立条件」「プロジェクトの計画から工事着手まで」「都市鉄道システムの評価と設計」「財源の調達と財務」「運営方法の設計」「都市鉄道の持続的オペレーション」など、章立てで鉄道の計画から建設、開業、運営までを詳述します。

日本の鉄道を紹介する教科書

JARTSの書籍というと、中身は海外鉄道の話だけと思う方がいらっしゃるかもしれませんが、内容の多くは日本の鉄道システムの紹介に充てられます。本書の英語版は、海外の行政や交通・鉄道事業者、街づくりの担当者、学生が、〝日本の鉄道システムを知るための教科書〟といえそうです。

具体的に、日本の都市鉄道の特徴といえる「相互直通運転」の章を見てみましょう。東京の鉄道ネットワークは私鉄に山手線内への路線延長を認めず、都心部は公営の路面電車(都電)やバス(都バス)が輸送を受け持つ形での都市政策が進められました。

戦後になって山手線内に地下鉄が路線網を拡大しましたが、ターミナル駅で国鉄(JR)や私鉄から地下鉄への乗り換えは不便。そこで相直という鉄道整備手法が考案・採用され、今や多くのJRや私鉄は東京メトロ、都営地下鉄と相直します。

ロンドン市地下鉄の路線網とゾーン表示。日本の鉄軌道では、大阪の阪堺電気軌道(路面電車)や仙台市営地下鉄が数少ないゾーン制の採用例です。(画像:「これからの海外都市鉄道」から)

メトロの車両は東急線を走って〝わが家〟に帰る

相直は接続駅で線路をつなげばOKと思いがちですが、本当に大変なのは開業後のソフト面。相直の乗り入れ先でダイヤが乱れた場合の対応策や回復方法(専門用語では「運転整理」というそうです)、運行経費の精算方法などを会社間であれこれ調整する必要があり、多くの労力や時間を必要とします。しかし、東京圏では協議過程をマニュアル化してきたことで、相直がスムーズに進むようになりました。

相直には、こんなメリットもあります。ファンの方はご存じかもしれませんが、渋谷と押上を結ぶ東京メトロ半蔵門線の車両基地があるのは渋谷から15km以上も離れた川崎市の鷺沼です。メトロの車両は相直する東急田園都市線を経由して、鷺沼車両基地に向かいます。鷺沼には元々、東急の車両基地があったのですが、半蔵門線開業に当たり、東急が東京メトロ(実際は前身の帝都高速度交通営団)に譲渡したのです。相直する鉄道があれば、わざわざ地価の高い都心部に車両基地を置く必要がなくなります。