※2021年09月撮影

トップ画像は、中央本線大月駅。駅舎側ホームの向こう側、下り島式ホーム4番線に折り返し上り快速、JR東日本E233系電車が停まっています。

筆者は武蔵小金井駅近くの実家に住んでいた2009年(平成21年)に青春18きっぷ・鉄道旅に目覚めたので関西方面や富山・金沢方面の行き帰りは、ほとんど中央本線経由でした。

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それで大月駅には乗り継ぎで数え切れないほど何度も降りています。ホームには「駅そば」もあるので食事の予定も組み込めました。当時大月駅は、三浦半島に住んでいる現在の東海道本線熱海駅と同じポジションでした。

何と言っても1986年(昭和61年)からは快速電車に大月行が登場したので、大月駅から上り東京行に乗り継げば武蔵小金井駅までそのまま帰ることができるのです。青春18きっぷで中央本線普通電車に乗り始めた頃は、横須賀色・長野色の115系電車も運用されていました。

そうは言っても、多くの場合は八王子駅や高尾駅から中央本線の普通列車に乗り塩尻駅からJR東海の電車に乗り継いで名古屋方面に向かいました。飯田線も好きなのでスケジュールに余裕がある時は岡谷駅から辰野駅経由でノンビリ飯田線に揺られることもありました。

※2021年09月撮影

大月駅は、1902年(明治35年)開業。翌年駅前に富士馬車鉄道(富士電気軌道)が乗入れます。1928年(昭和3年)富士電気軌道が大月駅~富士吉田駅間を「富士山麓電気鉄道(現・富士急行)」に譲渡。

1984年(昭和59年)貨物取扱廃止。1986年(昭和61年)中央線快速電車の一部が運転区間を大月駅まで延長。1987年(昭和62年)国鉄分割民営化でJR東日本に承継されました。

1997年(平成9年)JR東日本大月駅・駅舎が「関東の駅百選」に選定されます。2012年(平成24年)大月駅周辺整備事業で駅前広場の供用開始。2015年(平成27年)構内跨線橋にバリアフリーのエレベーター設置。

筆者が初めて大月駅前に降り立った時、駅前広場はまだ整備されていませんでした。

※2021年09月撮影

駅舎は特徴のあるスタイルなのですが、どこかしら茫洋とした印象です。しばらく経つと駅舎の姿をクリアに思い出す事が難しいのです。

※2021年09月撮影

JR大月駅・駅舎の西側に富士急行の出入口があります。以前は赤い鳥居は無かったと記憶しています。扁額は「大月駅」。

※2021年09月撮影

余談ですが、2011年(平成23年)富士急行線富士吉田駅が、富士山駅に改称された時に同じく赤い鳥居が設置されました。扁額に駅名が書かれたのも同じスタイルです。

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)