“今でも、運転士見習としてはじめて運転席に座り、真鍮のハンドルを握り、右手にずっしりと独特な金属感が伝わってきたときのことを覚えています。と同時にそれは、「もう自分は鉄道ファンではなくなった」という大きな考え方の変化が起きた瞬間でもありました。鉄道マンスピリットの芽吹きといったところでしょうか。それほどに「ハンドルを握る」ことは、大きな責務を感じることでした。”(西上いつき『鉄道運転進化論』p4)

名文だと思いませんか? 憧れの職業に就いて「初めて」を体験した瞬間の意識の変化はおしなべて良いものですし、人の命を預かり安全・安心に輸送する「鉄道マン」の使命そのものがそもそもカッコいい。交通新聞社新書の新刊『鉄道運転進化論』は、そんなエモい序文から始まり、鉄道開業150年の節目の年に鉄道運転の歴史を解説する一冊です。

著書はかつて名古屋鉄道の運転士として働き、現在は鉄道系YouTuberなどの活動をしつつ、銚子電鉄の「地域おこし協力隊」として運転台に座る西上いつきさん。自身の運転士としての経験や知識をベースに、大井川鐵道の現役SL機関士、元JR東日本運転士、JR九州の自動運転プロジェクトリーダー、自動運転に精通するオーソリティーへのインタビューを交えることで、「これまで」と「これから」の鉄道運転を見通す視座を提供するという構造になっています。

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2022年10月には山手線の営業列車で試験的に自動運転が行われ、テレビや各紙の報道で触れられています。鉄道業界には今や大きな転機が訪れており、世間の関心も集めている。一方でこれは運転士の立場からすれば大変なことです。「運転士は今後も必要なのか?」そんな根源的な問いを突き付けられているわけですから。

コンピュータによる自動化やAIの台頭により人間がその仕事を行う必要がなくなってしまう、という問題は昔から提起されており、本書で触れられている内容は、どんな業界の人間にとっても他人事ではありません。本書は鉄道運転の方法や現在採用されている自動運転の仕組みなどについても分かりやすく掘り下げられており、極めて専門性の高いトピックスを扱いながらも読者を選ばない、万人向けの一冊となっています。