ついこの間の話。密かに注目している女性声優さんがTwitterに丸ノ内線2000系の写真を上げていてびっくりした、なんて経験をしました。鉄道ファンの女性が増えているとは言われつつもまだまだ男性の領域ですよねぇ、という認識でいたのですが、世界は徐々に良い方へと変わっているようです。鉄道チャンネルの活動も、ファンの裾野を広げる形で貢献出来ていればこれ幸い。

というわけで今回は女子大生が主人公の『鉄道旅ミステリ1 夢より短い旅の果て』を取り上げます。作者は柴田よしきさん。2012年に角川文庫から単行本が刊行され、2015(平成27)年に文庫化されました。続刊の『愛より優しい旅の空』(2015年、文庫オリジナル)で完結ということで、実質的な上下巻になりますが、間に大きな出来事を挟んだことでかなりテイストが変わっていますので下巻の方も来週取り上げようと思います。

本作の主人公・四十九院香澄(つるしいんかすみ)は東京聖華女子大に通う大学生。入学と同時にインカレ(?)サークルである「西神奈川大学鉄道旅同好会」の扉を叩いたのですが、実は彼女、鉄道にそこまで興味があるわけではありません。鉄分多めの旅行系サークルを訪れたのは、かつてそこに属していた”ある人物”を探すためでした。

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同サークルの会長・井上大吾郎に課された「正式会員になるための条件」は、鉄道旅レポートを提出すること。香澄は手近な路線としてたった三駅しかない「こどもの国線」を選び、そこで小さな謎と遭遇し、徐々に鉄道というものに惹かれていきます。

2018年10月から走り始めたこどもの国線の「うしでんしゃ」 もちろん本書には出てこない ※2019年8月6日撮影

「夢より短い旅の果て」で取り上げられるのは、

・横浜高速鉄道こどもの国線
・急行能登(現在は廃止)
・北陸鉄道浅野川線
・氷見線
・JR日光線
・飯田線
・沖縄都市モノレールゆいレール
・JR常磐線

鉄道”旅”と題されているものの、展開されているのはそれぞれの路線や車両にまつわる濃い鉄語り。「こどもの国線」では軽いジャブとして長津田車両工場の特修場に触れる程度ですが、話が進むにつれて長岡でのスイッチバック、浅野川線と内灘闘争、雨晴駅と撮り鉄、JR日光駅、四つの私鉄からなった飯田線と秘境駅、日本最西端と最南端、常磐線仙台直通特急……と、その路線にまつわる話題がポンポン飛び出してくるのです。香澄自身はまだ鉄になりたてほやほやなので聞き役に徹していることも多いのですが、会長の井上やOBたちの熱い鉄語りが全編に渡って展開されており、その物量と熱量に圧倒されるわけです。

“「モハ489形、ボンネット型でサロンカーを有する列車です。このボンネット型のクリーム色と赤の車体は、僕らより上の世代、横川の急勾配があった時代を知っている人たちにはすごくなじみのあるものですね」
「サロンカーが付いているんですか?」
「もともとは客車をコンビニに改造したものだったんです」
「コンビニ!」
「洒落ているでしょ。『白山』という特急に使われていたんです。列車名表示のとこに林檎がついた、とてもお洒落な特急でした。今はもう廃止になって、その車両がこの、急行能登に流用されたんです。でもコンビニは営業してません。そのコンビニに改造した車両をさらに改造して、サロンカーにしてあります」”

“「いえ、港までで万葉線はおしまいです。歴史的には面白いというか、悲しいというか、珍しい経緯をたどった路線なんですよ。富山側にある射水線と、今は万葉線と呼ばれている高岡軌道線は、両側から開通していって繋がって、直通運転をしていたんです。ところが新港に富山新港がつくられた時に、陸地を削っちゃった。繋がっていた路線が海で分断されることになっちゃったんです。それで富山までは行かれなくなりました。今はその分断された部分をフェリーが繋いでます。ただ、もうじきその部分に巨大な橋が建設されることになってて、それが完成すると、フェリーも使われなくなりますね」
「一度陸地を海にしたのに、また橋で繋ぐんですね」
「ええ、しかし道路で、です。車の為の。僕ら鉄道ファンからすれば、どうせなら鉄道もその橋を走らせて、また繋いでくれればいいのに、なんて思いますけど、それでなくても経営が大変な第三セクターではねえ」”

好きなことを話し始めると止まらなくなるのは鉄に限らずオタクにありがちなことですが、本書に出てくるのも大概オタクなので、とにかくずーっと鉄道の話ばかりしている。そんなオタクと一緒に日本中を旅しているものだから、香澄も作品の終盤にはしっかり鉄に成長してしまっているわけです。そういうわけで本書は鉄の成長譚という面でも面白い。

いや、もちろんミステリとしてもちゃんとしてる作品ではあるんですよ。一番大きな謎は『愛より優しい旅の空』に持ち越すとしても、本書単独では「急行能登に乗った怪しい女性客」を軸に、その謎が沖縄旅行を経て終盤で解決するような構成になっている。でも、ミステリ的な「謎と解決」と同じくらい、各路線での鉄道語りが脳に残ってしまうんですね。

著者の柴田よしきさんは書き鉄、文庫版に解説を寄せた有栖川有栖さんも書き鉄。鉄が書いて鉄が解説して鉄が読んで喜ぶ、ついでに私みたいなペーペーが鉄のWebサイトで取り上げるという、まさに鉄のための作品なのでありました。

四十九と言えば

余談ですが、主人公の苗字は難読苗字の筆頭候補として挙げられるもので、初見ではまず「つるしいん」とは読めません。この苗字をお持ちの方は日本全国で数十名ほどです。福島県には伊達家の当主が家臣の名前を「四十九院(つるしいん)」に変えさせた逸話が『飴買い幽霊』という伝承の形で残っており、恐らくは今もその子孫の方々がいらっしゃるのでしょう。

この意味するところは作品を読んでいく内に察せられると思うのですが、それはそれとして、鉄道ファン的には「四十九」で思いつくのは三重県を通る伊賀線の「四十九(しじゅく)駅」ではないでしょうか。駅付近には伊賀四十九院という寺院があり、かつては兵法や武術を教えられていたそうですが、現在は廃寺になっています。

駅の方は昔、四十九(しじゅうく)駅として営業していましたが、そちらは1945年に営業休止、1969年に廃止。今の四十九駅はそこから北へおよそ300メートルほど離れたところに2018年に復活したものですが、すぐ近くにイオンタウン伊賀上野があることから「イオンタウン伊賀上野前」という副駅名が設定され、2019年6月25日より掲出されるようになりました。

2012年に出版された作品ですので、四十九院さんがこの駅を訪れることはありません。もし彼女が今の伊賀鉄道に乗ったらどういう感想を抱いて、どんなレポートを書くのか、想像するだけで楽しいとは思いませんか?

(文/写真:一橋正浩)