トップ画像は河合駅出入口。住宅街の奥まった場所にあって駅前の道は行き止まり。自動車での接近はUターンがし難くてタイヘンでした。額田駅からは3.1km。

2014年(平成26年)8月の前面展望。ホームは緩くカーブしています。2019年に比べて駅周辺に樹木が多くあった様です。というか実際の駅周囲は広大な水田が広がっているので、この前面展望の印象とはかなり異なっています。写真って画角やレンズでイメージが作られてしまうので不思議ですよね。

※2014年8月撮影

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駅出入口のアップ。屋根のある待合室になっています。

ホームに入って待合室を見るとこんな感じ。足下に水が溜まっているのは雨の後なのかもしれません。後の壁は細かいメッシュ状の金網みたいなもので作られているので、風が吹いたら雨に濡れてしまいそうです。何故かベンチの下にちり取りが転がっていました。

駅名標をいれて上菅谷駅方面。今にも雨が降り出しそうな雲です。幸いこの時点までは雨に降られてはいません。

望遠レンズにすると踏切の先は直線が続きますが、左にカーブして久慈川を渡る鉄橋があります。

反対の常陸太田駅方面です。ちょうど今いる辺りが雲の下の様です。

駅を出ると長い直線で隣駅まで真っ直ぐ進みます。写真を拡大すると実際に次の谷河原駅が見えているのですが。両側は見事に開けた水田。北上した常陸太田駅の向こうに国見山(291m)、髙鈴山(623m)雷神山(241m)など(たぶん)が見えています。山々は北に連なり郡山辺りまで続いています。水郡線本線があの山々の左(西)側を進んで郡山駅まで通じているのです。

駅名標。1899年(明治32年)太田鉄道の駅として開業しました。1901年(明治34年)水戸鉄道に営業が譲渡された後、1927年(昭和2年)国有化されて国鉄の駅になりました。1960年(昭和35年)貨物取扱廃止。1970年(昭和45年)に駅は無人化されました。有人時代の駅舎は残っていません。トップ画像でご覧いただいた屋根付きベンチが有るだけです。

こちらは、2014年(平成26年)8月の駅名標。何も変わってはいないのですが、右後の松が成長したのがわかります。(笑)見渡す限り水田(だと思いました)が広がっているのが見えます。

※2014年8月撮影

縦型の駅名標が残っていました。何となく懐かしさを覚えます。

雨が降り出す前に常陸太田駅に着ける様に先を急ぎましょう。

水郡線全駅45【50代から始めた鉄道趣味】234 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)