【鉄の本棚 14】ひとり居の記 川本三郎 平凡社 2015年12月発行

2017.02.10

ひとり居の記

表紙の装画に、絵本「でんしゃにのったよ」の作家・岡本雄司氏の「山間の終着駅」が使われていて、おや?、っと思って手に取った。

ダイレクトに鉄道のことが書かれている本ではない。しかし、著者の川本さんには『小説を、映画を、鉄道が走る』(集英社/2011)という著作もあるくらい、ご本人は鉄道が好きなのである。

川本三郎さんは評論家だ。筆者は「町歩き」というか「散歩」の本から川本さんの読者になり、永井荷風のことを書いた本などを読んできた。著作が多いので半分くらいしか読んでいないが。

この本自体は雑誌「東京人」の“東京つれづれ日誌”という連載の2012年〜2015年分を単行本にしたもので、それ以前の連載は『そして、人生は続く』(平凡社/2013)として先に単行本化されていた。実はこちらが未読なので慌てて手配したところ。

何故この本を「鉄の本棚」に取り上げたかと言うと、表紙の装画がきっかけだったが、中身も鉄道好きの川本さんが実に頻繁にローカル線に乗っては、気の向く駅で降りて町を散歩していて、これが頗る面白いからだった。

ポイントを抜き出してみると

・鹿島臨海鉄道大洗鹿島線に乗って大洗駅前を歩く。 p.10

・水戸岡鋭治氏のことを書いた本『幸福な食堂車』(一志治夫/プレジデント社/2012)を取り上げている p.11

・IGRいわて銀河鉄道に乗って石川啄木の故郷である渋民駅を語り、小繫駅で下車し散歩する。 p.15

・常磐線で広野駅を訪れる。 p.25 

・明知鉄道に乗りに行く。 p.33

・天竜浜名湖鉄道に乗りに行く。 p.44

・常磐線で磯原、大津港、五浦、平潟を訪ねる。 p.47

・釜石線土沢を訪ねる。 p.55

・東北本線桑折を訪ねる。 p.62

・水郡線常陸太田に行く。 p.73

・尾道で 、林芙美子のことを思う。 p.79

・岩泉線岩泉駅を訪ねる。 p.89

・敗戦前の江差線に乗る。 p.95

・肥薩線で矢岳越え。 p.103

・中央線、新桂川橋梁のこと、好きな春日居町駅の周囲を散歩。 p.119

・成田線、十二橋駅、水郷駅、松岸駅を歩く。 p.141

・三陸鉄道復興について。 p.147

・水郡線、東館駅に行く。 p.152

・・・キリがないので、この辺にしておくが、この本の面白さは、実は著者の川本さんがローカル線を好み、鄙びた町を散策するのを好むということだけではない。様々な文人墨客のエピソードや画家の話、居酒屋のことなどが車窓や風景、ローカルな町の佇まいと共に、自由にとりとめない想念と美味しく並べられ、飄々と語られる点にある。

例えば、上記の釜石線土沢を訪ねた時も、釜石線の前身岩手軽便鉄道と宮沢賢治が描いた『銀河鉄道の夜』の話から始まり、土沢出身の画家萬鉄五郎にふれ、萬鉄五郎記念美術館を実際に訪ねる。そして土沢の町を歩き様々なことが語られながら最後は居酒屋でゆっくりと熱燗を呑む。

つまり、知識、あるいは教養が身体化された文化資本とでも言うべきものがあって、初めて絵画や音楽や映画、そして文学が愉しめるのだということが如実に分かる。と、同時に、旅、特に鉄道の一人旅こそ、このような“参照項目”の豊かさによって深く静かな喜びに満たされるのだと知るのである。

それはもちろん文学音楽美術などの素養に限られるものではない。著者の川本さんは車両に興味がない、と書いているが、人によっては乗っている車両の来歴を知っていて、その挙動、音、果ては雰囲気を心底楽しむ鉄道ファンもいる。様々な駅の佇まいをストレートに愛する人も多い。

人によって鉄道旅の“参照項目”は多岐にわたるのである。

ただ、この本を読んで、川本さんの様な鉄道旅の楽しみ方というのもとても良いものだと思った。

筆者など慌ただしく線区を乗り回るばかりで、下車してゆっくり町を散策する楽しみなどとは無縁だからなのだ。

川本さんの様な知識・教養にほど遠いが、例えばこの本で知ったことをメモしてポケットにいれ、降りたことのない駅に降り立ち、歩いたことのない町をゆっくり散歩する。ポケットのメモを参照しながら新しい経験をする。そして気持ちよく疲れたら、一人熱燗など酌む。

これをやってみたくなった!

鉄道の旅にはいろいろな楽しみ方があることを教えてくれる一冊。

もちろん、読んでいるだけで鉄道旅の気分にも浸れる。特に映画や小説などに取り上げられた駅などのエピソードが豊富で、これだけでも十分に楽しめる。

面白いのは著者の川本氏が“街歩き”や“人の姿”に魅力をおぼえるのであって、人の気配の無い“秘境駅”には興味を持たないことだ。

筆者などは一概には言えないが、鉄道ファンにはどこかしら「人間嫌い」というのか、人のざわめきを鬱陶しいと感じる感性が通奏低音の様に存在するように感じられるのだ。鉄道ファンが群れるのは「鉄研」とか、ファンの集まる「イベント」や「鉄道居酒屋」などに限られると思う。


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