※2021年4月撮影

トップ画像は、肥薩線大畑(おこば)駅。難読駅名だと思います。

大畑駅は過去に4回、肥薩線で来ていますがレンタカーでは初めて。これがかなり分かり難い道でした。現在肥薩線吉松駅~八代駅間は不通ですが、やはり列車で来る方が数段良いです。

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隼人駅から「いさぶろう・しんぺい」に乗ると大畑駅の手前、ループから大畑駅が見えるところで観光停車してくれたのを覚えています。

※2019年3月撮影

大畑駅のループ線の長さは約20km。交錯点の高低差は約52m。蒸気機関車の登坂限界30.3パーミルの急勾配があります。

大畑駅からスイッチ・バックしてループ線に入ります。その手前、右車窓に「鉄道工事中殉職病没者 追悼記念碑」があります。大畑駅のループ線から、スイッチ・バックをはさんで人吉駅までを施工したのが間組(現在の安藤・間)でした。難工事で13人の犠牲者を出したのです。奥に大畑駅が見えています。

※2014年12月撮影

人吉駅から大畑駅まで10.5kmで186.2m上ります。これでも平均すれば17.7パーミル。特に球磨川第三橋梁を渡ってからは8kmにわたって25パーミルが続くのです。人吉駅から大畑駅まで上がるために蒸気機関車D51は約1トンの石炭を必要としたと言います。

さらに大畑駅でスイッチ・バックした蒸気機関車は、標高537mの矢岳駅まで、9.5kmで243.8mもの高低差を上ってゆくのです。平均しても25.7パーミル、最大勾配は30.3パーミルもあります。さらに多くの石炭を燃やしたことでしょう。

大畑駅出入口。

※2021年4月撮影

列車は運行されていませんが駅舎内には電灯が点いていました。大量の名刺が貼られています。

※2021年4月撮影

古い駅名標が魅力的。外にも名刺が貼ってあります。

※2021年4月撮影

ホームから駅舎。名刺が目立ちます。左に人物が写っています。列車が運行されていないので自動車で駅に来ている方が何人かいたのです。日曜日だからかな。

※2021年4月撮影

ホームから。これまで「いさぶろう・しんぺい」で来ると駅では地元の方がお店を開いていたり、華やかで良いのですが、この様に森閑とした大畑駅も良いです。

※2021年4月撮影

角度を変えます。

※2021年4月撮影

駅名標は、2014年(平成26年)12月に「いさぶろう・しんぺい」で来た時の写真。

※2014年12月撮影

大畑駅は、前述の様な事情で蒸気機関車に石炭と水を補給する目的で作られた駅です。大畑の集落までは徒歩で1時間かかります。1909年(明治42年)開設。鹿児島本線が海岸線(現・肥薩おれんじ鉄道)に換わると肥薩線の駅になります。

とにかく人吉駅から1トンもの石炭を燃やして来たのですからお客さんも煤煙で汚れた手や顔を洗う必要があったのです。内田百閒先生も、この手水で顔を洗ったことを阿房列車に記しておられます。以前は「飲めないです」と表示されていました。

※2021年4月撮影

蒸気機関車に給水した塔が残っています。ここに水を引くために5km近く離れた大河間川から水路が作られました。後の保線員詰所には、2018年(平成30年)フレンチレストランがオープンしています。

※2021年4月撮影

駅前には宮地嶽神社の鳥居があります。2014年に撤去された人吉駅の跨線橋の支柱が使われています。探せば、それ以前の奥の鳥居だけだった写真もあるはずですが・・・。奥に駅に来た人の自動車が駐められています。

※2021年4月撮影

有りました。2014年12月の同じ場所。

※2014年12月撮影

何度も来ていますが、人のいない大畑駅は、静かで好きです。

(写真・文/住田至朗)

※木造駅舎などJR九州さんの許可をいただいて撮影しています。

※駅などについては『JR全線全駅』(弘済出版社/1997)、『週刊朝日百科 JR全駅・全車両基地01-60』(朝日新聞出版/2012-2013)他を参照しています。

※鉄道撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいているものです。鉄道は感謝の気持ちを持って撮影しましょう。