【木造駅舎カタログ】東北本線07/89 新田駅

2021.10.28

※2020年9月撮影

トップ画像は、東北本線新田駅。東北本線で最も古い駅舎ですが改修されていてとてもキレイな外観でした。

この築127年の木造駅舎は、鉄筋コンクリートのコンパクトな駅舎に改築されます。2021年4月に工事着手、6月に仮駅舎に切り替えとなり12月には新しい駅舎の使用が開始予定です。

このコラムをご覧いただいている時点でこの木造駅舎はおそらく現存しません。(筆者は旧駅舎の解体後を実見していません)でも撮影しておいて良かったです。JR東日本からのニュースをご参照ください。

※2020年9月撮影

新田駅は、1894年(明治27年)日本鉄道の駅として開業。1906年(明治39年)に日本鉄道は国有化されます。東北本線の所属駅になって国鉄分割民営化でJR東日本の駅になりました。2019年(令和元年)無人駅になります。既述の様に2021年には新しい駅舎に改築されます。

駅前通りの反対から、南西側です。駐輪場と右奥にはトイレがあります。

※2020年9月撮影

角度を替えてもう1枚。

※2020年9月撮影

南東側に移動します。

※2020年9月撮影

時刻は11時20分。木造駅舎を見るにはこの角度が一番良いかもしれません。駅前は広場になっていて路線バスの停留場などがあります。

※2020年9月撮影

駅前はこの様になっています。

※2020年9月撮影

駅出入口。JR東日本が設置した「新田駅の駅名由来」があります。(黄色い矢印)

※2020年9月撮影

その案内板の内容を以下に写します。

奈良時代の「天平九年紀」(737)によりますと、陸奥国府多賀城の支鎮として新田、中山、玉造、色麻、牡鹿の五柵※が設けられ、蝦夷からの攻撃防衛にあたったことが記されています。新田の地名は、この柵の名前に由来します。

「ニッタ、ニイタ」というのは「ニタ、ヌダ」と同じ意味で湿地を指す言葉です。「出雲風土記」の仁多郡の記述の中にも「こはにたしき小国なり」とあり、「雨多(にた)」と名付けた旨が記載されています。

湿地には猪が来て、土に身体をなでつけて体臭を放散させることから、猪を待ち伏せすることを「ニタ待ち」といいます。富士の巻狩りで有名な仁田四郎忠常の「仁田」氏も、このような土地から出た人だといわれています。

この地名の由来を受けて、明治二十七年(1894)一月四日、東北本線が当地に開通した時、新田駅が開業いたしました。

◆参考資料◆ ■仙台鉄道管理局「駅名ものがたり」

・・・・と記されていました。分かる様な、分からない様な不思議な説明です。

※柵は、大和朝廷が7-11世紀に本州北東部の蝦夷居住地域に支配を及ぼすために置かれた官衙(かんが=役所)で、一般には城柵とも呼ばれ、柵戸として住民を付随する施設もありました。

JR新田駅開業100周年記念碑がありました。1994年(平成6年)に建立されてものです。ホームの駅名標と周囲に広がる田園、長閑な眺めです。

※2020年9月撮影

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)


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