では京急空港線の歴史から京急蒲田駅付近連続立体交差事業に話を進めます。

地上駅時代の京急蒲田は、簡略化して言えば京急本線に相対式ホーム2面2線があって、その下りホームを島式ホーム1面2線化して東側、第一京浜側に空港線専用の1番ホームを設けていました。

文字だけで説明するのは文章力のない筆者には至難なので簡単な図を作ったのでそれをご覧ください。筆者は、その時代の京急蒲田駅を自分の眼で見ていないのであくまでも「概念図」です。細部は異なっているかもしれませんがご了承ください。

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問題の1つ目は、第一京浜と環状8号線の2箇所にある踏切です。都内有数の交通量の幹線道路に「開かずの踏切」は道路交通上の障害になっていました。

さらに京急さんにとってボトルネックだったのが、空港線が実質的に単線で京急蒲田駅に接続していること、そして京急本線と平面交差が2箇所あることでした。※上図 水色の丸

これらの問題を解決するために京急蒲田駅を中心に本線の平和島駅~六郷土手駅間(4.7km)と空港線の大鳥居駅~京急蒲田駅間(1.3km)を連続立体交差化(高架化)することと、京急蒲田駅を現在の様な上り下りの島式ホーム1面3線二段重ねに改築して空港線の本線上下へのスムーズな接続と本線内の緩急接続を可能にすることでした。

このスケールの大きな工事には巨額の費用がかかることもあって、国土交通省の鉄道駅総合改善事業補助を受けられる大田区出資の第三セクターの蒲田開発事業株式会社(京浜急行電鉄は10%出資)が駅関係施設を保有し事業主体となりました。2000年(平成12年)に着手された事業は、17年の年月をかけて2017年(平成29年)3月に完了。京急さんの空港線接続の問題を含め、28箇所の踏切が解消されました。

糀谷駅の【駅ぶら】に戻ります。

糀谷駅ホームからフローティング・ラダー軌道の構造がよく見えるカットです。

階下に降りて広いコンコースと改札口。

改札口を出ました。

バスロータリーのある南西側の駅舎正面です。右奥にはそのまま北東側への出入口もあります。

バスロータリーは県道311号線に面しています。県道側から駅舎。大きいです。

実際に糀谷駅の周りを【駅ぶら】する前、自宅のMacで地図や京急さんのサイトなどを見て「行ってみたい場所」の見当をつけます。以前にも書きましたが「何も決めずに歩き回る」のが実は一番楽しいのですが、最終的にコラムとして読んでいただける体にしなければならないことと時間が有限であることから目的を決めてから出かけることにしています。

今回は「具足功徳蔵稲荷大明神」というひじょうに奇妙な名前のお稲荷さんを訪ねてみることにしました。

県道を糀谷駅前という信号で渡って糀谷商店街を南に歩きます。この商店街がなかなか昭和レトロ感があって良い感じです。

「ずいぶん大量のカバンが売られているなぁ」と感心していたら布団屋(寝装店)でした。

商店街を信号で西に曲がると萩中神社(天祖神社)がありました。

伊勢神宮内宮の皇大神宮に祀られる天照皇大神(あまてらすおおかみ)と伊勢神宮外宮の豊受姫大神宮に奉祀される豊受姫大神(とようけびめ)が祭神。震災や戦災で資料が焼失したらしく由緒は不明ですが江戸時代には、荏原郡荻中村の神明社(天照皇大神を祀る神社)として記録が残っています。

境内に東官守稲荷神社があります。羽田七福いなりめぐりの一社。

現在よりも約500m離れた東京湾岸にあって海上安全の守護神として住民に崇敬されていましたが、大正6年(1917年)の台風で損壊、荻中神社が再建された際に遷座されました。この場所でも太平洋戦争の空襲で焼失、再建されました。祭神は宇迦之御魂神。身体安全の御利益があるとのことです。

まだ「具足功徳蔵稲荷大明神」にたどり着いていませんが、長くなったので、【駅ぶら03】京浜急行112 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)