ギャラリーのある無人駅【木造駅舎コレクション】013

2021.11.21

※2021年4月撮影

トップ画像、JR九州日豊本線豊前長洲駅も素晴らしい木造駅舎。オレンジ色の軽自動車は筆者の乗っているレンタカーではありません。

駅前と西側は駐車場になっています。

※2021年4月撮影

駅舎の事務室部分は使われていない様でした。

※2021年4月撮影

少し東側から。

※2021年4月撮影

東側は未舗装です。駅舎横が駐輪場として使われていました。

※2021年4月撮影

では駅舎に入ります。青い駅名表示の左上に建物財産標があったのですが、写すのを忘れてしまいました。他にもこの駅では「写し忘れ」がありました。

※2021年4月撮影

コラムを書く段になって初めて「写し忘れ」に気付いて唖然としますが後の祭りです。現場では腕章をし「仕事mode」になり細心の注意を払って撮影していますが、1日に10駅ほど回っているとどうしても「バイオリズムの谷間」に当たってしまう時間帯もあるのです。御容赦あれかし。

ちなみに建物財産標は「明治44年4月21日」と記されていました。明治44年は、1911年。

駅舎に入ります。ICカード簡易改札機と自動券売機が設置されています。

※2021年4月撮影

駅舎内は「ギャラリーのある無人駅」らしく多くの写真や絵画などが飾られています。

※2021年4月撮影

「大正3年に柳ヶ浦駅に機関庫がありました(昭和22年から機関区となる)」と書かれた写真。元JR九州社員さんの作品です。

※2021年4月撮影

お隣の柳ケ浦駅は、1897年(明治30年)の開業時は長洲駅でした。翌年宇佐駅に改称され、1909年(明治42年)柳ケ浦駅に再改称されています。日豊本線立石駅の手前の立石峠にある25パーミルという急勾配を越えるため、補助機関車の連結などが柳ケ浦駅で行われていたのです。1966年(昭和41年)に「新立石トンネル(3,640m)」が完成したことで補助機関車の連結などは解消されました。

駅舎内から駅前。右の白いクルマがレンタカーです。

※2021年4月撮影

花の飾られたテーブルも用意されています。ではホームに出ます。

※2021年4月撮影

ホームから駅舎。奥の跨線橋で島式ホームに行きます。

※2021年4月撮影

古いタイプの駅名標。実はホームで駅名標を「写し忘れ」ました。

※2021年4月撮影

豊前長洲駅は、1911年(明治44年)鐵道院が開設しました。国鉄分割民営化でJR九州に継承されます。無人駅ですが、ICカードSUGOCAは利用可能。ただし豊前長洲駅ではSUGOCAにチャージしたりSUGOCAそのものを購入したりはできないようです。

跨線橋の下から駅舎。大きな軒があります。

※2021年4月撮影

跨線橋の途中から。

※2021年4月撮影

跨線橋の上から。

※2021年4月撮影

望遠レンズでアップにします。複雑な屋根の組み合わせが分かります。

※2021年4月撮影

立石峠のある山々が下り方面に見えます。山々の左(北)側は国東半島です。

※2021年4月撮影

理由が不明ですが島式ホームからの写真を「写し忘れ」ています。すみません。余程調子が狂っていたのですね。

駅前広場東側の木立の中に石碑があります。樹木が邪魔で下からしか見えません。「豊前長洲驛建設記念碑」と彫られています。

※2021年4月撮影

台座部分には「明治42年に豊州鉄道柳ヶ浦駅より線路延長となる。長洲町有志により、敷地を買収献納し、今の豊前長洲駅を建設するに至った。当時を追憶し、碑を建てる。昭和5年5月」とあります。石碑は漢文ですが宇佐市の公式観光サイトに「読み下して」ありました。またサイトには「技術的に駅館川に線路をかけられなかった時代を経て、明治において線路が駅館川を越え、現在の日豊本線の姿へと移り変わってきました。」とも書かれていました。

※2021年4月撮影

駅館川は豊前長洲駅の西、柳ケ浦駅との間で周防灘に注ぎ込んでいます。

次の杵築駅では「写し忘れ」は無いと思いますが・・・。

(写真・文/住田至朗)

※木造駅舎などJR九州さんの許可をいただいて撮影しています。

※駅などについては『JR全線全駅』(弘済出版社/1997)、『週刊朝日百科 JR全駅・全車両基地01-60』(朝日新聞出版/2012-2013)他を参照しています。

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。


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