熊野灘まで300m【木造駅舎カタログ】紀勢本線04/173 紀伊長島駅

2022.06.04

※2020年12月撮影

トップ画像は、紀勢本線紀伊長島駅。ようやく山地を抜け出して熊野灘まで300mという駅に来ました。正午過ぎですが、またもや逆光。こう連続すると流石に撮影するのが少しイヤになってきます。撮影しますけど・・・。(笑)

紀伊長島駅は、駅舎のある単式1番線上りホームと島式ホーム1面2線の合計2面3線。構内の広い大きな駅です。駅長さんのいる直営駅。

建物資産標には駅が開業した「昭和5年12月」とありました。1930年建造の駅舎ですが改修しながら使われています。

西側に駅前ロータリーがあります。

※2020年12月撮影

さらに西側に進んでからみると構内跨線橋に駅名が貼ってありました。

※2020年12月撮影

紀伊長島駅は、1930年(昭和5年)国有鉄道紀勢東線の駅として開業しました。1959年(昭和34年)線路名称改定で紀勢本線の所属駅になります。1982年(昭和57年)貨物取扱廃止。1987年(昭和62年)国鉄分割民営化でJR東海の駅になりました。

すみません。かなりハレーションが酷いです。逆光地獄・・・。

※2020年12月撮影

出入口や窓はアルミサッシに交換されています。外装材もオリジナルでは無い様です。

※2020年12月撮影

こうなると正直に言って「古い木造駅舎である」ということの意味が少し分かり難くなってきます。

骨格というのか、構造的にオリジナルを維持していれば、建物財産標や建物資産標の登記記載を真に受けて良いのか・・・。

木造駅舎の場合、紀伊長島駅の様にあくまでもオリジナル状態を維持しながらも利用者の利便性向上のために改修が重ねられることで、オリジナルと外観などの印象が異なっているケースが見られます。何と言っても駅舎は、日々使用される「鉄道の具体的な装置」なのです。

駅舎前に行幸址という石碑。「行幸」という言葉自体、多くの若い方は御存じないかもしれません。

※2020年12月撮影

戦後「人間宣言」をした昭和天皇が「昭和26年(1951年)にこの紀伊長島駅に下車し駅前広場に集まった数万の群衆の歓迎を受けた」と書かれています。

駅舎の正面。ここに数万人は、ちょっとと言うか、かなりキツそうです。

※2020年12月撮影

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)


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