京王3000系を訪ねる旅【私鉄に乗ろう 71】

2018.11.18

※この「私鉄に乗ろう」の写真は、筆者がプライベートな旅で撮影したものです。鉄道会社さんから許可をいただいていませんので、乗車券があれば誰でも入れる場所から、手持ちで撮影したスナップ写真です。ポケットに入るコンパクト・デジタルカメラ(SONY DSC-WX500)で撮影しています。2018年7月26日(木)に撮影しています。

京王電鉄3000系の旅 【私鉄に乗ろう 71】伊予鉄道 市内電車 その1

1962年(昭和37年)から1978年(昭和53年)まで京王井の頭線の久我山駅に筆者の実家がありました。住所的には世田谷区でしたが京王線の千歳烏山駅よりも井の頭線の久我山駅の方が近かったのです。正に井の頭線に京王電鉄3000系がデビューした年から、中学校の通学路は久我山駅の踏切を渡っていたので朝夕3000系車両を眺めていました。3000系冷房化の頃は、高校に通っていて、夏は冷房車両の涼しさに大喜びしたコトを覚えています。第16〜19編成登場までは久我山に住んでいましたが、最後の第20〜29編成登場の頃は、JR中央線に実家が転居していました。でも久我山駅前の書店に本代が払えず、カラダで返していた(バイトしてました)ので1980年頃までは久我山に通っていました。

京王3000系は2011年(平成23年)に最後の第28編成が引退記念イベントの後、伊予鉄道に向け搬出されて井の頭線での約50年間を終えています。

筆者は京王3000系が譲渡された北陸鉄道、

※2017年1月撮影

上毛電鉄、

※2016年11月撮影

岳南鉄道、

※2018年4月撮影

松本電鉄

※2018年1月撮影

・・・を廻ってきました。上毛電鉄以外は2回ずつ行ってます。最後に残った伊予鉄道に2018年7月に乗りに行きました。これで子供の頃から慣れ親しんだ京王3000系を訪ねる旅はお仕舞いです

伊予鉄道は路面電車の市内線と3000系が走る郊外線があります

伊予鉄道には長い歴史があります。1888年(明治21年)松山(現・松山市)〜三津間に四国で初めての鉄道を開業しました。1892年(明治25年)には高浜まで全通。1893年(明治26年)には現在の横河原線松山市〜平井間が開業。道後線の前身、道後鉄道によって古町〜道後温泉〜松山(現・大街道付近)が開業。1896年(明治29年)には郡中線の前身、南伊予鉄道によって松山市〜郡中間が開業します。1899年(明治32年)横河原線が全通。1900年(明治33年)道後鉄道、南伊予鉄道を合併し、それぞれが道後線、郡中線になりました。その後は、松山電気軌道を合併、戦後には路線の統廃合も行われ、現在の形になっています。

伊予鉄道の路線

大きく分けて、路面電車の市内電車と普通電車の郊外電車の2つです。筆者のお目当て京王3000系電車は郊外線を走っています。前夜泊まったホテルの部屋からは路面電車が見えました。

ホテルを出発して、まずはJR松山駅に行きます。

JR駅の前に伊予鉄道市内電車のJR松山駅前駅があります。

伊予鉄道さんのホームページから市内電車の路線図を拝借してきました。すみません、無許可です。

中央下部の松山市駅が伊予鉄道運行の要です。まずは出発点の松山市駅に行くことにします。地下道を使ってホームに上がります。

駅名標。1927年(昭和2年)鉄道省松山駅開業に合わせて古町〜松山間が開業しました。1936年(昭和11年)には古町〜国鉄駅前(現・松山駅前)〜西堀端間が軌道で開業しています。

まだ、電車に乗っていません。【私鉄に乗ろう 71】伊予鉄道 市内電車 その2 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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