恐山に虹という不思議な風景【非電化路線に乗ろう02】大湊線 その2

2019.11.18

※前面ウィンドウの上の雪が、この後溶けて終始流れ落ちて前面展望撮影の邪魔をします

大湊駅を発車します。下北駅に向かって東北東に進みます。完全な逆光ですが、新しいコンデジ(SONY Cyber-shot DSC-WX800)は、WX500時代に悩まされた逆光・斜光時のレンズ・ノイズが出ない様です。何と言ってもこれが逆光時の撮影に大きく寄与してくれます。

相対式ホーム2面2線の外側に引き込み線があります。使われていない様なレールの錆び方でした。

手前で90度右にカーブして北東に向かい、新田名部川を渡ります。田名部川の派川(分流)、下北駅を過ぎて本流の田名部川も渡ります。

駅予告票。大湊駅から2.9kmで下北駅。

シンプルに単式ホーム。ホームにはたくさんのお客さんが待っています。

ササッと乗り込んで、

駅名標とホームの足跡。下北駅は、下北交通大畑線の開業に合わせて1939年(昭和14年)にその分岐駅として開業しました。大畑線は、旧日本軍が下北半島を国防上の重要拠点としたことで、大間の海軍要塞への鉄道として1939年に第一期下北〜大畑間(18.0km)が開業しました。現在海上自衛隊樺山送信所には旧海軍の飛行場が造成され、その資材運搬に鉄道が活躍したそうです。

大畑の先、大間までの工事も進められましたが戦局悪化で1943年(昭和18年)いっぱいで工事は中止され、結局未成線のままで計画は消滅しました。大畑線は、1980年(昭和55年)の「国鉄再建法」で第1次特定地方交通線に指定され、下北バスが引き受けましたが、2001年(平成13年)4月に廃止されました。バス会社として京浜急行とのつながりがあった下北バスは京浜急行から鉄道のことを学んで大畑線を経営しましたが、元々が人口希薄地帯を走る特定地方交通線ですから収入は伸びず、設備や車両の老朽化も経営を圧迫。その結果の廃止になってしまったのでした。残念な話ですが。

下北駅の正面。2009年(平成21年)1月に新しくなった駅舎です。2009年9月、この駅で降りてバスで恐山まで行きました。

※2009年9月撮影

これは恐山を訪れた時の写真。下北駅付近は晴れていたのに恐山に着くと雨が降っていました。雨の範囲は狭かった様で、見事な虹がかかって、恐山に虹という不思議な風景になりました。

※2009年9月撮影

2009年当時はJR東日本仕様風の駅名標でした。

※2009年9月撮影

走り出した途端に前面ウィンドウの上の雪が溶けて終始流れ落ちてきました。幸い運転士さんがとても親切な方で、その度に運転席ではない側のワイパーも動かしてくれました。

では、【非電化路線に乗ろう02】大湊線 その3 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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