穴守稲荷駅の歴史が超複雑【駅ぶら03】京浜急行115

2020.07.26

大鳥居駅を出発。地下から地上に出ました。こちらでは前回、見に行った「地下への浸水を防止する門扉」を設置工事中の様です。頭上を首都高速神奈川1号横羽線の高架が横切っています。そのすぐ向こうに穴守稲荷駅。大鳥居駅から0.7kmでした。相対式ホーム2面2線の駅です。駅を過ぎるとまたすぐに地下に潜ります。ホームドアではありませんがホームには安全柵が設けられています。

ここから【駅ぶら】カット。上りホームから羽田空港方面を見ています。跨線橋が見えます。前面展望撮影と同じ日(2020年3月9日)なのですが午後になって陽が射してきました。

羽田空港側を望遠レンズでアップにします。北総鉄道7500形電車が地下に入ってゆきます。トップ画像はこの直前のカットですね。

上りホームから京急蒲田方面を見ています。ホーム上屋のない部分は8両編成対応で延長されたホームですね。

同じ様に望遠レンズで寄って見ています。地上を走っている区間が短いことが分かります。

駅名標。京急空港線の複雑な歴史を象徴する駅です。

1902年(明治35年)京浜電気鉄道穴守線の穴守駅として開業しました。現在の穴守稲荷駅付近に開業しましたが、穴守稲荷神社まではまだ少し距離がありました。1913年(大正2年)穴守線が東に800m延伸され穴守駅は、現在の天空橋駅辺りに移転しました。これで穴守駅は穴守稲荷神社の門前に達し参拝客の利用が増加します。

穴守駅があった場所には新たに羽田駅が設けられます。1915年(大正4年)羽田駅は東に40m移設され稲荷橋駅に改称されました。さらに稲荷橋駅は、1940年(昭和15年)西に200m移転。

終戦後、進駐した連合軍に接収されて京浜蒲田駅~稲荷橋駅間が単線化。稲荷橋駅~穴守駅間は休止されます。1946年(昭和21年)稲荷橋駅が西に340m移設されました。1948年(昭和23年)京浜急行電鉄発足により京急線になります。1952年(昭和27年)連合軍から京浜蒲田駅~稲荷橋駅間が返還され複線運転再開。1956年(昭和31年)稲荷橋駅が穴守稲荷駅に改称されます。これは羽田空港拡張工事で空港内にあった穴守稲荷神社が仮神殿を作って現在の場所に移転してきたことで駅が穴守稲荷神社の最寄り駅になったことによります。

同時に休止していた穴守駅が初代羽田空港駅として再開され運転も再開されました。1963年(昭和38年)穴守線から空港線に改称。1979年(昭和54年)橋上駅舎化。1991年(平成3年)駅舎が刷新されます。同時に当駅が終着駅になります。これは空港線の最初に書いた様に拡張された羽田空港へのアクセスに不便だったため羽田駅(現・天空橋駅)が殆ど利用されなかったからです。

※読者の方からのご指摘で、初代羽田空港駅と書いたのは羽田駅「現・天空橋」の間違いだったことに気付きました。筆者の不注意でした。申し訳ございませんでした。修正させていただきます。ご指摘ありがとうございました。住田至朗

1993年(平成5年)羽田駅(現・天空橋駅)開業、再び穴守稲荷駅から東に運行が再開されました。2013年(平成25年)副駅名に「ヤマトグループ 羽田クロノゲート前」が追加されました。

可能な限り分かり易くまとめましたが、空港線の歴史、特に穴守稲荷駅の歴史は複雑過ぎて簡単に全体が理解できません。羽田という干拓地の変遷が背後にあるのです。

駅改札口は、下りホームにあります。

改札口を出て下りホームを見ています。

穴守稲荷駅舎です。

穴守稲荷駅の超複雑な歴史、お分かりいただけましたか?

次回は穴守稲荷神社に【駅ぶら】します。【駅ぶら03】京浜急行116 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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