トップ画像は、大鳥居駅への地下化部分から出てきた京成3000形上り快特電車青砥行。京急空港線では頻繁に他社からの乗入れ車両を見ます。

大鳥居駅東口、奥のワタミグループ本社ではない一般用の東口に出ました。

東口は環状8号線に面しています。交差しているのは産業道路。交差点を左折して直進すれば大師橋で多摩川を渡って京急大師線大師橋駅があります。この交差点の辺りにかつては穴守稲荷神社の大鳥居があったのでしょうか。

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環状8号線を渡って大鳥居駅東口を見ます。駅舎背後のビルがワタミグループ本社、駅舎の上はワタミグループの店舗。右に交番があります。

産業道路を渡って環状8号線を西に行くと大鳥居駅西口があります。こちらが駅が地下化された時点からあった改札口です。前面展望で見た踏切はこのまま環状8号線に沿って西に進みます。

10分少々で踏切に到着。まず京急蒲田側を見ています。下っている様に見えますが右の勾配標は「L」水平を示しています。

踏切から大鳥居駅に向かう地下トンネルの方を見ています。

これが前面展望で見て気になった地下への浸水を防止する門扉(だと勝手に思っています)。軌道面も扉に合わせて線路と同じ高さまでアスファルトが盛られています。

踏切の北側には都合の良いことに駐車場の上に作られた神社があります。

神社にお邪魔して横上から線路を見下ろすと防水門扉が見えます。今のところ他の京急線では見ていない装置です。もちろん気がついていないダケかもしれませんけれど。一度、京急さんにちゃんと伺ってみたいものの一つです。

階上神社から北側に三徳稲荷神社がありました。

【駅ぶら】は「神社仏閣ばかりまわっている」とお叱りを受けるかも知れません。申し訳ないのですが、画一的なチェーン店が並ぶ商店街や建売の個人宅や集合住宅の並ぶ町を撮影することに筆者は興味がもてないのです。それにコラムで書く内容も探せません。やはり神社や寺院はそれなりに土地の歴史を伝えてくれる大切な存在なのです。

この三徳稲荷神社は、宝暦六年(1756年)の建立。この地に250年以上祀られているのです。結界を示すと言われる鳥居をくぐって参道が直角に曲がっています。太宰府の天満宮がこのスタイルなので菅原道真公の怨霊を鎮めるための配置であると考える方もいらっしゃるようですが、稲荷神社は穀物・農業神を祀っているのですから、その怨霊鎮魂説は妥当しません。

鳥居横に立てられた縁起と由来の案内によれば、三徳神社は関東大震災で神社が消滅。大正十三年に再建されましたが、先の世界大戦の空襲で再び焼失しました。戦後は進駐軍の占領で神社の土地は接収され返還後に氏子が小さな社を再建しましたが傷みが激しいため昭和四十年(1965年)に現在のものが作られました。参道が直角に曲がっているのは歴史的な変遷などによるものでしょうか。

案内によれば階段を上った先ほどの神社は「糀谷観音堂」でご本尊は聖観世音菩薩(別名・みそ観音)。何故駐車場の上に鎮座されているのかは不明です。

この三徳稲荷神社の御眷属(神のお使い)「おキツネさま」にも金網の防護柵がありました。

もしかすると、このエリアは「おキツネさま」を壊そうとするふとどき者が多いのでしょうか。金網は昨日今日に設置されたものではない様です。

こちらは境内社の天満宮、正に天神様、菅原道真公が祀られています。参道が屈曲しているのはこの社のため?

踏切の脇にあった「観世音地蔵堂」は踏切事故で命を落とした方々の霊を安らぐために設置されています。横に灰皿があって近隣の方が一服されていました。

三徳稲荷神社は大鳥居駅から10分、ゆっくり歩くと15分くらいです。西口に戻ってきました。

改札口に入って次の駅に向かいます。

【駅ぶら03】京浜急行115 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)