穴守稲荷神社 under construction【駅ぶら03】京浜急行116

2020.07.27

穴守稲荷駅を出るとすぐにキツネの像がありました。台座には

「京浜電気鉄道株式会社」「清水・東急・京急建設JV」「株式会社石井組」「石喜(有)」「鈴木石材店」平成三年九月

・・・と彫ってあります。穴守稲荷駅の新駅舎が完成した年です。駅舎建設の記念でしょうか。機関車トーマス柄の衣装がファンキー。

正面には「コンちゃん」とあります。

駅出入口には大きな赤い鳥居が有ります。

駅の東側の踏切から羽田空港方面、トンネルしか見えませんが。手前の軌道に盛られたアスファルトはここにも「地下への浸水を防止する門扉」が設置されているからです。

こちらは京急蒲田側。

穴守稲荷神社に歩いて5分ほどです。

何やら境内の様子が変です。

社殿正面。ご覧の様に工事中でした。

既に書いた様に穴守稲荷神社は、終戦直後の羽田空港拡張工事で当地に遷座されました。元は文化元年(1804年)羽田沖の干拓事業の際、海が荒れて堤防が決壊し海水によって甚大な被害を受けたことから、村民が天下泰平を祈願し堤防上に小さな祠を勧請し農耕と穀類の神である稲荷神を祀った穴守稲荷社が始まりとされています。

穴守という名は堤防に開いた穴の害から村民を守るという「神徳」に由来します。

明治17年(1884年)暴風雨で全壊しましたが再建。明治19年(1886年)には穴守稲荷神社に改称されました。

再建された穴守稲荷神社は境内も広くなり、周辺では潮干狩りができたり、温泉が出たことから門前に温泉旅館などが並び芸者の置屋ができる様な賑わいをみせたのです。

これを見た京浜電気鉄道は京浜蒲田駅から穴守稲荷神社に支線を敷きました。穴守駅周辺には京浜電気鉄道によって羽田球場や遊園地も作られたのです。

1931年(昭和6年)干拓地北側が埋め立てられ羽田飛行場ができます。

第二次世界大戦終結直後の1945年(昭和20年)GHQから羽田飛行場を軍事基地として拡張するための強制退去命令が下され、住民と穴守稲荷神社は移転を余儀なくされたのです。

この時に地元有志が現在の穴守稲荷駅近くの土地700坪を鎮座地として寄進したことで穴守稲荷神社は遷座されたのです。

門前の赤鳥居は1990年代に入り羽田空港沖合展開事業のB滑走路整備の障害になるとして半世紀以上経った1999年(平成11年)弁天橋のたもとに移設されました。

工事中なので穴守稲荷神社は早々に諦めて周囲をまわって駅に戻ることにしました。

工事中のお宅の庭に鳥居と祠が見えました。

ここにも稲荷神社が祀られています。背後に穴守稲荷神社が見えます。50mも離れていないのです。個人的には、こちらのお稲荷様に厳かな空気を感じました。ここの御眷属(神のお使い)「おキツネさま」にも古そうな方に金網の防護柵がかかっています。間違えてぶつかって壊さない様に守っているのかもしれませんね。

あとはノンビリ穴守稲荷駅に戻ります。【駅ぶら03】京浜急行117 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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