港町十三番地【駅ぶら03】京浜急行123

2020.08.04

京急大師線に乗ります。何と言っても京浜急行電鉄発祥の路線です。1899年(明治32年)大師電気鉄道が川崎大師への参拝客輸送の目的で開業しました。同年社名を京浜電気鉄道に変更します。営業運転の鉄道としては日本初の標準軌。関東で初めての電車による運行でした。当初は路面電車。何と人力車組合の反対で京急川崎駅への乗入れに時間がかかった、と言うのですから時代を感じさせます。

それまで自宅近くの神社に初詣に行くのが当たり前だった時代に「有名な神社に電車に乗って初詣に出かける」という新しい習慣を誕生させた歴史的にも意義のある路線の誕生でした。開業後、予想したよりも大きな収益を上げたことから京浜間に路線網を拡張する京急の基礎ができたのです。

1904年(明治37年)1372mm(馬車軌間)に改軌。1925年(大正14年)川崎駅が京浜川崎駅に、大師駅が川崎大師駅に改称。1928年(昭和3年)川崎大師駅までが専用軌道になります。1929年(昭和4年)河川事務所前駅(現・港町駅)が臨時駅で開業、1931年(昭和6年)いったん廃止されましたが1932年(昭和7年)コロムビア前駅として再開業されました。1929年(昭和4年)味の素前駅(現・鈴木町駅)開業。1933年(昭和8年)全線が標準軌に再改軌。戦時下の大東急時代を経て1948年(昭和23年)京浜急行電鉄として分離発足。1964年(昭和39年)小島新田駅~塩浜駅間が塩浜操駅(現・JR貨物川崎貨物駅)建設で休止。小島新田駅が現在地に移設されました。1970年(昭和45年)小島新田駅~塩浜駅間廃止。1987年(昭和62年)京浜川崎駅が京急川崎駅に改称。2019年(令和元年)産業道路駅(現・大師橋駅)が地下化。

ザッと大師線の歴史を概観しました。京急川崎駅地上ホームで大師線に乗ります。

京急川崎駅は既に【駅ぶら】しましたから、港町駅の【駅ぶら】でスタートします。

上りホームから京急川崎方面を見ています。右側、下りホームの壁面に眼が吸い寄せられます。

何と“港町十三番地”の楽府が描かれています。イラストがまたチャーミング。

京急川崎方面に進んで川崎大師方面を見ています。トップ画像は、この直前のカット。

駅名標。1929年(昭和4年)現在よりも約300m川崎大師寄りに臨時の河川事務所前停留場を開業したのが始まりです。1931年(昭和6年)臨時停留所は廃止されますが、翌1932年(昭和7年)コロンビア前駅として開業。

日本コロムビアは、日本蓄音機製造(株)として明治42年(1909年)川崎のこの場所で工場の操業を開始。国産レコード製造の草分けでした。昭和6年(1931年)に、英国コロムビアから商標を譲渡され製造するレコードは全て「音符のコロムビア・マーク」で統一されました。同年川崎工場に東洋一の「音符のコロムビア・マーク」ネオン塔が設置されました。正に日本コロムビアの工場が隆盛に向かう時期にコロンビア前駅が開業したのです。

1943年(昭和18年)戦時下で駅は休止されます。1944年(昭和19年)港町駅として営業再開。

1956年(昭和31年)駅は現在の場所に移設されました。2007年(平成19年)日本コロムビア川崎工場は閉鎖されます。跡地に高層マンション(リヴァリエ)3棟が建設され2013年(平成25年)マンション側の北口改札がオープン。それまで北口は臨時改札口でした。2014年(平成26年)駅改修工事が完了。駅舎、跨線橋、南口駅舎などが新しくなりバリアフリー化されました。

南口改札口に向かうコンコースには、2013年(平成25年)日本コロムビアから寄贈されたパネルが飾られています。筆者が小学生の頃、町に流れていた歌謡曲が並んでいます。

筆者は、数少ない趣味が音楽です。ポリ塩化ビニールのアナログ盤の時代からロック・ミュージックやジャズのLPをコレクションしていましたが、引っ越しの度に1000枚程度のアナログLPを運ぶのがタイヘンでした。たぶん1トンくらいの重さがあったでしょう。1980年代半ばから順次CDに置き換えて場所ふさぎのLPレコードは激減。ジャケットが気に入っているものとCD化された際のリミックスとは異なるアナログ盤が100枚ほど残されていますが、今はほとんどCDです。数えたことはありませんが5000枚ほどが壁面をふさいでいます。しかし歌謡曲もJ-POPも聴かないのでここに並んでいるミュージシャンのCDは持っていないなぁ。探せば“Loudness”はあるかもしれませんが。

流石に筆者は「SPレコードの時代」は知りませんが、CD(デジタル)化されて最も福音だったのはクラッシック音楽を聴く時の「ピアニッシモ/pianissimo」と「フォルティッシモ/fortissimo」がノイズなく楽しめる様になったことと、例えばAnton Brucknerのシンフォニーの様にクソ長い音楽をアナログ時代の様にレコード盤をひっくり返して聴く必要がなくなったことでした。今はMacの、iMusicに全てのCDが録音してあります。Macからデジタル出力を小さなデジタルアンプに入れています。これで寝ている時間以外は音楽が鳴ってる生活です。CD5000枚あれば、毎日異なるCDだけをかけてもほぼ2年はもつのです。まぁ、Olivier Messiaenの全集(CD32枚)を毎日聴いていたら気が滅入りそうですが。(笑)

南口改札を出ます。

改札口の脇に等身大・美空ひばりさんのパネルがありました。「港町十三番地」という歌は、日本コロムビアがあったこの港町のことを歌っているのだそうです。日本コロムビア、本当は九番地だったのですがゴロが良いので十三番地(実在しません)になったとか。バックの壁面には、このレコードが発売された1957年(昭和32年)の港町日本コロムビア工場の航空写真。下りホームに楽府がありましたよね。個人的には、Chuck Berryの“Rock and Roll Music”が世に出た記念すべき年ですけど。

南改札口、右に美空ひばりさんが立っています。大柄ではない方だったのですね。1500曲の録音を残し、ひばりさんは52歳で亡くなっています。

駅前は工事中でした。

南口を出て、日本コロムビア工場のあった北口に行ってみます。

【駅ぶら03】京浜急行124 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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