徳島線に初めて乗ります【50代から始めた鉄道趣味】361

2020.08.13

※2014年9月撮影

トップ画像は、JR四国徳島線阿波川島駅ホームで列車交換待ちのJR四国1500形気動車。

鉄道旅は土讃線のスイッチ・バック坪尻駅から吉野川に当たって左(東)にカーブして箸蔵駅を過ぎると大きくU字を描いて吉野川を渡り方向を西向きに変えて佃駅に着きます。

今は東(左)に向かっていますが、この後Uターンして吉野川の対岸を西(右)に進みます。

※2014年9月撮影

吉野川を渡ります。

※2014年9月撮影

佃駅で徳島線に乗り換えました。乗り継ぎ時間が2分しかなくて駅の写真はありません。初めて徳島線に乗ります。

川田駅で列車交換。元々は徳島鉄道が徳島から1900年(明治33年)までに船戸駅(1914年/大正3年廃止)までが開業、1907年(明治40年)に初代川田駅も開業しましたが、同年国有化されます。さらに1914年(大正3年)阿波池田まで延伸開業され、元の船戸駅までの旧線は廃止。新たに2代目川田駅が現在の場所に開業しました。

※2014年9月撮影

列車交換待ちの間に列車を撮りました。徳島行は前(右)がJR四国1500形気動車、「新潟トランシス 2008」の銘板があります。後側(左)はJR四国1200形気動車の2両編成です。

※2014年9月撮影

徳島名産の「すだち」を図案化したロゴマークが付いています。

※2014年9月撮影

阿波池田行が来ました。JR四国1200形です。西日が反射してます。

※2014年9月撮影

駅の入場券が受験のお守りとして人気のある学駅。駅所在地が、徳島県吉野川市川島町学と地名です。櫓(やぐら)のある木造駅舎が魅力的なのですが下車しないと撮れないので諦めました。

※2014年9月撮影

阿波川島駅でも列車交換。こちらは後方(佃側)は、元1000形気動車にトイレを設置して1500形との連結運転対策がされた1200形気動車1255。だいぶ夕方になってきました。

※2014年9月撮影

徳島側は、1500形1510、2次車です。トップ画像とは角度違いです。

※2014年9月撮影

難読駅名の麻植塚(おえづか)駅。駅名標は「Oezuka」です。明治初年麻植塚村が町村制施行で麻植郡牛島村に統合されます。大正時代に麻植郡は廃止。その後川島町になり、平成16年(2004年)吉野川市が発足。麻植塚は吉野川市の小字(こあざ)として残っています。撮影は夕暮れで限界です。

※2014年9月撮影

18時50分徳島駅到着。ホテルにチェックインして風呂で汗を流した後は居酒屋で一餐。写真左は、初めて食べたウツボのから揚げ。意外にアッサリした白身で美味しい。

※2014年9月撮影

左が、明日行く予定の甲浦で捕れたクロマグロの子供「よこわ」。旬は冬とのことで脂がのっていなくてイマイチでした。何にでもスダチが添えられているのが徳島らしい。

※2014年9月撮影

本日は新大阪から徳島まで、349.9kmの鉄道旅でした。明日は牟岐線・阿佐海海岸鉄道、バスで室戸岬を回って奈半利、土佐くろしお鉄道で後免、土讃線でスイッチ・バック新改駅を通って本州に戻ります。

※筆者は既にコラムなどで青春18きっぷ鉄道旅の写真を度々使用しています。重複していますが、御容赦ください。

※価格などは2014年当時のものです。

(写真・文/住田至朗)


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