岩徳線から山陽本線に【50代はまだまだ青い鉄道趣味】

2020.11.13

※2015年8月撮影

トップ画像は、ちょっとフライング気味ですが、2003年(平成15年)から2017年(平成29年)まで盲腸線可部線の終点だった可部駅です。ホームには105系直流通勤形電車クハ105-11。103系を改造した車両。懐かしい広島色です。2019年(令和元年)のダイヤ改正で新しいJR西日本227系電車に置き換えられました。

岩徳線は西岩国駅。この1929年(昭和4年)開業以来使われている木造駅舎が超素晴らしいのです。1979年(昭和54年)開業50周年記念の時は駅長以下12名の駅員がいました。1992年(平成4年)駅は無人化。

※2015年8月撮影

13時3分、岩国駅到着。13時8分の山陽本線白市行に乗り継ぎました。

和木駅。山口県はこの駅まで、次の駅からは広島県です。2008年(平成20年)請願によって開業した新しい駅。

※2015年8月撮影

広島県に入って最初の大竹駅にはJR貨物の駅も設置されています。極めて珍しい入換動車色(通称”焼き芋”色)のDE10 1731が働いていました。残念ながらこのディーゼル機関車は2018年(平成30年)廃車となっています。

※2015年8月撮影

大竹駅。1897年(明治30年)開業。ホームの向こう側(東側)にJR貨物駅があるので、積まれたコンテナが見えます。「大竹駅周辺整備計画」で橋上駅舎化、東西自由通路などが2023年完成の予定です。

※2015年8月撮影

大竹駅のすぐ先、海側に三菱ケミカルの工場でしょうか。

※2015年8月撮影

玖波(くば)駅。この「玖」という字はあまり使われない珍しい字です。字の意味は「黒色の美しい玉の様な石」。玖波は駅の所在地名です。1897年(明治30年)開業。下りホーム側に戦後の1949年(昭和24年)建造の木造駅舎があります。

※2015年8月撮影

宮島口でビックリするほど大量の外国人が乗り込んできました。山口県で世界ボーイスカウト大会が開催され全世界から3万人以上が来日しているそうです。おそらくその方々の一部でしょう。車内が騒然としていますが英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語など何となくわかる言語以外の言葉も飛び交っています。猛烈に暑いので皆さん汗でビシャビシャ。これには参りました。

阿品(あじな)駅。1989年(平成元年)に新設開業された新しい駅です。東(海)側に広電阿品駅があり大きなショッピングモールに面しています。

※2015年8月撮影

廿日市(はつかいち)駅。「廿」もふだんはあまり使わない字だと思います。1897年(明治30年)開業。かつて、毎月二十日に市が開かれていた故の地名です。

※2015年8月撮影

廿日市駅の隣が五日市駅。東京の西側で育った筆者は五日市街道を日常的に使っていたのでちょっと奇妙な感じです。ちなみに五日市街道の終点はJRの武蔵五日市駅(1925年/大正14年開業)辺り。こちらの五日市駅は、1899年(明治32年)開業。

※2015年8月撮影

横川駅で下車。外国人の満員電車から解放されました。「よこがわ」と読みます。この駅を起点とする可部線に乗り換えます。

※2015年8月撮影

前年2014年「平成26年8月豪雨による広島市土砂災害」で可部線沿線の安佐北区、安佐南区で土石流などが発生、74人もの犠牲者がでてしまいました。特に安佐南区八木の可部線梅林駅、上八木駅西側では死者が52人と集中しています。現地被災のニュース映像を見て惨憺たる気持ちになったことを今でも生々しく記憶しています。亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

甚大な人的被害の他、可部線も8月20日に全面運休。午後、横川駅~緑井駅間が運転再開。9月1日には不通だった緑井駅~可部駅間が復旧しました。

また御存知の様に、可部線は2017年(平成29年)あき亀山駅まで電化延伸開業しています。しかし2015年のこのタイミングでは、まだ可部駅が終着駅でしたのでコラムの内容、ご了承下さい。

※筆者は既にコラムなどで青春18きっぷ鉄道旅の写真を度々使用しています。重複していますが、御容赦ください。

※価格、駅などは2015年当時のものです。

(写真・文/住田至朗)


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