関東の私鉄に兄弟車の多いJR東日本のE231系電車(山手線時代) イメージ写真:HAYABUSA / PIXTA

新型コロナを受けた社会の動きに呼応して、鉄道業界でのメンテナンスのあり方が問われています。昼間時間帯に列車が走る線路の保守作業が主に夜間作業で行われることは皆さんご存じでしょうが、本格化する少子高齢化で労働力不足が目立つようになり、このままでは列車が運転できない事態が発生しかねません。

そうした課題を業界横断で語り合う「鉄道技術連合シンポジウム(J-RAIL2020)」が、2020年12月15~17日にオンライン開催されました。メンテナンスがテーマの16日の基調講演とパネルディスカッションの結論は、「今は鉄道メンテナンスの大転換期。鉄道会社の垣根を超えて課題解決を目指す必要がある」。鉄道チャンネルの読者諸兄にも興味を持っていただけそうな、車両の話題を中心に紹介します。

1994年にスタート、今年で27回目

冒頭の特別講演では土木学会の家田仁会長(東京大学名誉教授。右下)がスピーチ。J-RAIL提唱者の1人として、専門分野にこだわらない幅広い技術習得の必要性を指摘しました。

鉄道技術は、主に「土木(施設=トンネル、橋りょうなど)」「機械(車両、運転=ダイヤ)」「電気(電化、信号)」の3分野で構成され、境界線は案外はっきりしています。最近は変わりつつありますが、国鉄時代は「土木屋(土木担当の職員)はずっと土木で車両や電気は知らない」が当たり前でした。そうした状況に風穴を開けようと、1994年に始まったJ-RAILは若手社員・職員中心の業務研究発表会。JR、私鉄、研究機関(大学)、メーカーを問わず、技術を網羅して相互啓発を図ります。

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2日目の特別セッションのテーマは「鉄道メンテナンスの課題と将来に向け求められる大転換」で、事業者と有識者が意見交換しました。鉄道会社からパネルディスカッションに参加したのは、JR東日本の伊勢勝巳常務執行役員、東急電鉄の瀬谷明彦鉄道事業本部車両部統括部長、東京メトロの中澤英樹取締役、わたらせ渓谷鐵道の中野哲技術部長。国土交通省の江口秀二大臣官房技術審議官(鉄道局担当)が、司会にあたるコーディネーターを務めました。

TBMからCBMへ

ここでは鉄道ファンの皆さんに興味を持っていただけそうな、東急の瀬谷部長の話を中心に報告します。東急に限らず、鉄道事業者の車両検修の基本は「TBM」。Time Based Maintenance=時間基準保全の頭文字で、2年に1度やって来るマイカーの車検と考え方は一緒です。具体的には、10日に1度の「列車検査(ドア、ブレーキ)」、3ヵ月ごとの「月検査(主要装置の機能検査)」、4年ごとの「重要部検査(主要装置の点検整備)」、8年に1回の「全般検査(全装置の点検整備)」に分かれます。不具合があってもなくても、期限が来たら必ず検査しなければなりません。

これに対する新しい考え方が「CBM」。Condition Based Maintenance=状態基準保全のことで、「予防保全」といわれたりもします。検査周期にとらわれることなく、車体に取り付けたセンサーやカメラで車両を日常的に状態(常態)監視、故障を予知してトラブルを未然防止します。

東急の「ICT(情報通信技術)を活用したメンテナンス構想」では、車両のセンサーから得られる機器類のデータはアンテナを通じて送信され、地上のサーバーに蓄積されます。サーバーにデータが貯まれば、「そろそろ検査や修理が必要」と、トラブルの発生前に対応が取れます。データは鉄道技術の3分野に対応して軌道・構造物、電気設備、車両それぞれに集め、最適な検査や交換時期を割り出します。

JRの車両部品で東急の電車が走る!?

E231系がベースの東急5000系電車  イメージ写真:ゴスペル / PIXTA

東急の瀬谷部長はもう一つ、車両共通化の有効性も語りました。読者諸兄はJR東日本のE231系電車を基にした電車が関東の大手私鉄に採用されたことはご存じでしょう。東急はJR東日本、総合車両製作所(J-TREC)の両社と協定を結び、機器仕様やメンテナンス方法を共通化しています。現在はJR東日本の完全子会社になったJ-TRECは、2012年まで東急グループの車両メーカー・東急車輛製造でした。

複数の鉄道事業者が共通仕様車にすれば、部品を複数の鉄道会社同士で融通し合い業務効率化が図れます。自動車業界では、ライバル社が共同で技術開発に当たるといった事例が報じられています。鉄道業界も営業面は競争関係でも、メンテナンスはパートナーというのが新時代のあり方なのかもしれません。

デザインは異なりますが相模鉄道の10000系電車もE231系の共通仕様車です。 イメージ写真:waffle / PIXTA

地方鉄道へは車両譲渡と一緒にメンテナンスも伝授

上田電鉄の1000系電車(1001編成)は元東急の1000系電車で、東急時代は東京メトロ日比谷線に乗り入れていました。 イメージ写真:EFA36 / PIXTA

さらに東急の話が続きます。東急で廃車になった車両が福島交通、上田電鉄、一畑電車といった全国の地方私鉄で再度活躍することは、これもまた鉄道ファンの皆さんには説明不要でしょう。譲渡車両はそれぞれの鉄道がメンテナンスしますが、整備手法は最初に東急の車両担当者が現地レクチャーします。地方鉄道はJRや大手私鉄以上に要員が厳しいので、トラブルの少ない新車(実際は中古車ですが)はメンテナンス軽減につながります。

東急はレクチャー方法も一工夫。一般的な車両工場だけでなく、駅での点検方法などもコーチします。例えば自然災害で車両基地が使用できなくなっても、駅で点検できれば運休しなくて済みます。地方鉄道にとっては、出張授業のようなものかもしれません。

女性エンジニアの活躍に期待

東急の話のラストは、女性社員活躍への期待。都市鉄道では女性の車掌さんは珍しくなくなりましたが(時に運転士さんも)、東急では車両整備で女性社員が活躍、新入社員の指導に加え、新車の内外装決定に加わるなど腕を上げているそうです。

瀬谷部長は「車両志望の女性はまだ少なく、複数の鉄道事業者で採用内定がバッティングしてしまい、入社に至らないケースもある」と本音で話していました。鉄道チャンネルをご覧の女性の皆さん、鉄道エンジニアを目指してはいかがでしょうか。

「省力化軌道」「電子帳票」「クラウドファンディング」

パネルディスカッションのコーディネーターを務めた国交省の江口技術審議官(左上)はモニタリング装置やホームドアなど鉄道メンテナンスが増加傾向にある中で、国レベルでも省メンテ化やメンテ効率化を積極支援する姿勢を示しました。

JR東日本、東京メトロ、わたらせ渓谷鐵道は1項目ずつになりますが、メンテナンスの工夫を取り上げます。JR東日本が1997年から敷設するTC型省力化軌道は線路のバラスト(砂利)をモルタルで固め、省メンテナンスを実現しました。

東京メトロは紙の帳票(記録簿)を電子化。現場で施設を点検する社員はタブレット端末を持参し、前回データを確認したり、検査データを入力したりします。わたらせ渓谷鐵道は、車両の検修費用の一部をクラウドファンディングで調達した経験を披露。中野部長は、地域と一体化になった鉄道運営の必要性を強調しました。

4週当たり6日の休みを8日間に

鉄道メンテナンスで話題を集めるのが、都市鉄道が打ち出す終電繰上げで、線路保守時間の確保が理由とされています。JR東日本の伊勢常務執行役員から読者諸兄にも共感してもらえそうな話があったので、締めくくりに披露しましょう。

現在、ほとんどの保線業務は協力会社の手で行われますが、夜間の現場作業は人手不足が深刻。せっかく入社しても、「仕事がキツい」と1日や1週間で辞めてしまう人もいるそうです。そんな協力会社にとって、わずか30分間でも作業時間が延びるのは願ってもない朗報。ある協力会社の社長は、「現状は4週で6日間の休みが8日間に増やせる」と期待していたそうです。

文/写真:上里夏生