西武園線にも複雑な歴史【駅ぶら04】西武園線01

2021.01.28

※2020年11月撮影

トップ画像は、東村山駅3番ホームの西武園線西武園駅行。ありゃ、先日多摩湖線で乗った元二代目L-train(9108編成)です。奇遇? 縁があるのかな。(笑)

その前に国分寺線の前面展望で東村山駅到着のカットからご覧ください。国分寺線は主に東村山駅2番ホームに着きます。国分寺線には車止めがあって、さらにその先に西武園線の3番ホームがあります。

※2020年11月撮影

3番ホーム駅名標。向かいの4番ホームには新宿線本川越行急行が停まっています。

※2020年11月撮影

西武園線は東村山駅から西武園駅までの一区間2.4km。その歴史は複雑です。可能な限り簡略に書きます。1927年(昭和2年)村山貯水池(多摩湖)が竣工したことで武蔵野鉄道(現・西武鉄道の前身)が西所沢駅から延伸、多摩湖鉄道(武蔵野鉄道の子会社)も国分寺から多摩湖への路線を敷設し村山貯水池(仮)駅を開業します。それが現在よりも八坂駅寄りにあった武蔵大和駅です。

当時はライバルだった旧・西武鉄道も1930年(昭和5年)東村山駅から村山貯水池前駅間を開業。

1940年(昭和15年)に多摩湖鉄道を合併した武蔵野鉄道の多摩湖線も村山貯水池駅を開業。しかし戦争激化で不要不急路線として休止。1945年(昭和20年)9月には旧・西武鉄道と武蔵野鉄道は統合され「西武農業鉄道」になりました。村山貯水池前駅は戦時下で狭山公園駅に改称されましたが1948年(昭和23年)村山貯水池駅として再開。

戦後、村山競輪場(現・西武園競輪場)が建設されることで東村山駅~村山貯水池駅の途中に野口信号所が設けられ現在の西武園駅が1950年(昭和25年)臨時駅として開業します。一方ライバルだった会社が1社に統合されたことで1951年(昭和26年)野口信号所~村山貯水池駅間は廃止されました。

お分かりいただけましたか?

偶々空いていたので撮った9108編成車内です。

※2020年11月撮影

9108編成1号車の前上部アップ。西武所沢工場平成10年の銘板。1998年製造の20年選手です。

※2020年11月撮影

高架工事中の東村山駅を出発します。

※2020年11月

じきに「東村山第1号踏切」にさしかかります。

※2020年11月

西武園線は単線で左にカーブします。新宿線は複線でまっすぐ進みます。

※2020年11月

これが「東村山第2号踏切」でしょうか。

※2020年11月

西武園線の工事区間が続きます。

※2020年11月

「東村山第1号踏切」の西側をまっすぐ北上する道路西宿通りにある「西武園線東村山第3号踏切」。この踏切までが高架化で解消されます。

※2020年11月

工事区間がようやく終わります。

※2020年11月

八国山通りの踏切があります。この踏切は高架化されない様です。

※2020年11月

東村山駅を出た西武園線は大きく左に90度以上カーブして都立八国山公園の南側を直進します。

※2020年11月

長くなったので次回に続けます。

(写真・文章/住田至朗)


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