突然幕を下ろした札沼線非電化区間 廃止1年後の沿線を訪ねて(3)

2021.05.31

JR北海道は2020(令和2)年5月7日をもって札沼線・新十津川~北海道医療大学間を廃止することを決定しました。同日は多くの人に最終列車が見送られる予定でしたが、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言を受けて4月17日をもって全面運休となり、突然の幕切れを迎えました。「廃線1年後の沿線を訪ねる旅」第3話は、秘境駅と呼ばれた豊ヶ岡駅を追憶します。

【前回】突然幕を下ろした札沼線非電化区間 廃止1年後の沿線を訪ねて(2)
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※鉄道チャンネル編集部:一部を除き、写真は2021年4月取材時に撮影されたものです。本連載は全5回を予定しております。

豊ヶ岡駅

豊ヶ原駅への標識は残されたまま

豊ヶ岡駅は、月形村豊ヶ丘地区(現在の月形町字豊ヶ丘)住民の要望により、1960(昭和35年)年9月に開業しました。近くの山中に月形炭鉱が稼働しており、あたりは賑わいを見せていましたが、1963(昭和38年)に閉山すると、人気もまばらな田園地帯に変貌しました。

車の通り抜けも許さぬ秘境駅(2019年11月撮影)

人々が忘れ去っていた豊ヶ岡駅ですが、札沼線非電化区間廃止決定により「秘境駅」として注目されることに。その結果、多くの人が押し寄せ、ベストポジションを確保するために立ち入り禁止区域に入り込む者もあらわれました。

マナーを守らない鉄道ファンの愚行が残されている

ベストショットを求めて駅全体を見渡す橋に設けられた金網のフェンスは引きちぎられ、その傍らには身勝手な行動を律する駐在所の悲痛なメッセージが綴られていました。もし予定通りに「さよなら列車」が運行されていたら豊ヶ岡駅はどうなっていたのでしょうか。雪に閉ざされた駅を見ながら常識的な行動の必要性を考えさせられました。

20年以上掲げられた非公認の駅名標(2019年11月撮影)

豊ヶ岡駅の待合室に掲げられた木製駅名板は、北海道恵庭市在住の男性が1997(平成9)年5月に設置したものです。JR北海道には無断のため「邪魔なら捨てるだろう」と考えていたそうですが、廃止まで掲げ続けられました。現在は月形町が譲り受け、月形樺戸博物館に展示されています。

札比内駅

待合室とトイレは閉鎖されている

札比内駅は1935(昭和10)年10月3日に開業しました。1961(昭和36 )年6月12日に業務委託駅となり、1979(昭和54)年2月1日に、貨物・荷物取扱い廃止にともない無人化されました。駅前は月形町の公共交通機関の利用を推奨する「パーク&ライド」の駐車場として開放されています。

ホームの向こうに美しい山々を望む

廃止後も駅舎は残されていますが、横に設置されているトイレと共に立ち入ることはできません。築年数が古いので、近いうちに壊されることでしょう。昭和・平成・令和の三時代を潜り抜けた駅舎を見るのは早いほうがよさそうです。

晩生内駅

春の訪れを迎えた晩生内駅

晩生内駅は1935(昭和10)年10月3日に開業しました。難読駅名として知られ、アイヌ語の「オソキナイ(o-soki-nay)〔川尻の高崖出たる所(川尻・寝台・川)〕、または「オソシケナイ(o-soske-nay)」(川尻・剥げている・川)が由来とされています。春の到来を告げるように駅前にフキノトウが顔を出していました。

屋根の崩れが確認できる

雪の重みで倒壊が始まっていることが確認できます。昭和初期から現代まで80年以上も風雪に耐えてきたのですから無理もありません。こちらも早めに訪れた方がよさそうです。

文/写真:吉田匡和

【次回】突然幕を下ろした札沼線非電化区間 廃止1年後の沿線を訪ねて(4)
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