駅名の謎が解けました【駅ぶら04】新宿線25

2021.06.29

※2021年4月撮影

トップ画像は新宿線都立家政駅北口改札から望遠レンズで下り各駅停車本川越行電車。スマイルトレインはこの画角が良いですね。上りホームの人影と不思議な構図が気に入ってます。奥に野方駅が見えています。

では野方駅からの前面展望、出発します。前面展望は望遠レンズなので既に都立家政駅が見えています。駅間は、0.9km。ほぼ直線です。

※2021年3月撮影

ちなみに、新宿線では都立家政駅~鷺ノ宮駅間の0.5kmが最も短く、次いで下落合駅~中井駅間の0.7km。そして新井薬師前駅~沼袋駅間と野方駅~都立家政駅間の0.9kmとなっています。最長は新所沢駅~入曽駅間の3.9km。

上り電車が来ます。

※2021年3月撮影

急行西武新宿行です。

※2021年3月撮影

野方駅から都立家政駅までの間に踏切は5ヵ所。あと2ヵ所です。

※2021年3月撮影

最後の踏切、もう都立家政駅までは100mほどです。

※2021年3月撮影

相対式ホーム2面2線の都立家政駅に到着。ホームの本川越駅側三分の一程が左カーブしています。

※2021年3月撮影

左カーブは都立家政駅を出てからも続いています。

※2021年3月撮影

ここからはホームに下りて【駅ぶら】カットです。まず下りホーム駅名標。

※2021年4月撮影

筆者は積年「都立家政駅」の駅名が謎でした。今回初めて駅を訪れたのでようやく謎が解けると期待しています。

しかし、その謎はアッサリ解けました。駅はそもそも「東京府立中野高等家政女学校」に通学する女学生のために新設されたのです。明治元年(1868年)から1943年(昭和18年)まで東京は府だったので1937年(昭和12年)に駅が作られた時の駅名は「府立家政駅」でした。

※2021年4月撮影

この家政女学校の歴史は古く、1912年(明治45年)に豊多摩郡立農業学校(現・都立農芸高等学校)の附設実業女学校として創立されています。1923年(大正12年)東京府立中野実業女学校に改称されました。

現在の場所に移転したのが1938年(昭和13年)。その前年に通学する女学校生徒のために地元有志の土地提供などもあって駅が新しく作られました。

学校名が東京都立中野高等家政女学校に変更された1943年(昭和18年)、駅名も都立家政駅に改称されます。

※2021年4月撮影

1946年(昭和21年)に都立中野高等家政女学校は、都立鷺宮高等女学校に、1948年(昭和23年)の学制改革で都立鷺宮新制高等学校になりましたが駅名はそのまま変えられませんでした。

既に駅周辺に都立家政商店街があったことや、地元住民が旧来の駅名に愛着を持っていたからの様です。

※2021年4月撮影

駅名の謎が解けたところで次回は【駅ぶら】します。

(写真・文章/住田至朗)

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。


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