新所沢駅には戦後史があります【駅ぶら04】新宿線64

2021.08.07

※2021年3月撮影

トップ画像は、新宿線下り電車の前面展望。新所沢駅に到着します。交替する乗務員さんがホームで待っています。上り3番ホームには各駅停車西武新宿行。

前面展望は航空公園駅を出発します。

※2021年3月撮影

この不自然な線形が気になります。架線柱も右側もう1線分ありますよ。

※2021年3月撮影

踏切の手前右側は「弥生南公園」です。昔の写真などをネットで見ると、この部分から分岐してかつての米軍兵器補給廠に向かう側線があった様です。現在の防衛医科大学校へ線路が伸びていたのです。

※2021年3月撮影

保線車両が留置され車止めのある線がかつては側線に繋がっていたのかもしれません。

※2021年3月撮影

そのためなのか、詳細は分かりませんが、新所沢駅の南側は線路が少し複雑な形になっています。

※2021年3月撮影

新所沢駅は島式ホーム2面4線、大きな橋上駅舎があります。

※2021年3月撮影

トップ画像に登場した各駅停車西武新宿行が上り3番ホームに停まっています。複線ですし、何故停まっているのか不思議に思ったらこの駅始発の電車でした。

※2021年3月撮影

下り各駅停車は2番ホームに到着。新所沢駅西口に新所沢乗務所があるので、本川越駅側端部に乗務員専用跨線橋があります。乗務員交替も頻繁に行われます。交替した乗務員さんが跨線橋に向かっていました。

※2021年3月撮影

ここから【駅ぶら】カットです。上りホームにいます。橋上駅舎の奥は西武新宿駅方面。

※2021年3月撮影

下りホーム駅名標。交替の乗務員さんが下り電車を待っています。

※2021年3月撮影

新所沢駅は、既に書きましたが、航空公園駅手前の東川ガード付近に1938年(昭和13年)開業した所沢飛行場前駅がこの場所に移転したものです。戦時下の防諜施策で所沢御幸町駅に改称された後、1951年(昭和26年)に現在の防衛医科大学校の場所にあった米軍兵器補給廠に向かう側線の貨物列車運行本数が増加したため駅名を北所沢駅に変更して移設されました。正に戦後史が背後にあります。

1959年(昭和34年)駅名を新所沢駅に改称。1960年(昭和35年)西口ロータリーに女神噴水像が設置されました。1962年(昭和37年)橋上駅舎完成。1967年(昭和42年)所沢駅から当駅までが複線化。1969年(昭和44年)には入曽駅まで複線が延伸されます。1996年(平成8年)ホームが島式ホーム2面4線になって追い越し・退避が可能になりました。

橋上駅舎に上がると天井採光(トップライト)で開放感たっぷり。

※2021年3月撮影

改札口です。

※2021年3月撮影

トップライトを思わず振り返ってしまいます。奥は本川越駅方面、乗務員用跨線橋が見えます。

※2021年3月撮影

では次回は、改札口を出て【駅ぶら】します。

(写真・文章/住田至朗)

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。


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