【木造駅舎カタログ】東海道本線008 関ヶ原駅

2021.08.08

※2020年8月撮影

トップ画像は、東海道本線関ヶ原駅。なかなか立派な駅舎です。駅前は道路の両側が駐車帯の様になっています。

東海道本線は関ヶ原駅を中心に急勾配区間があって西側には1899年(明治32年)に廃止された関ヶ原駅~深谷駅~春照(すいじょう)駅~長浜駅までの23.03km旧線があります。

東側、前回の美濃赤坂駅に分岐する南荒尾信号場から関ヶ原駅まで下り列車は伊吹山越えの急勾配20-25パーミル区間を登坂しなければなりませんでした。太平洋戦争中にこの区間の補機を接続しての運行から輸送力増強のために下り線用に勾配を10パーミル程度に緩和した別線が建設されました。これが現在も優等列車、貨物列車の下り線となっている新垂井線です。

この別線が敷かれ新垂井駅も開業したことで本来の下り本線は1944年(昭和19年)に廃止、戦時下の鉄不足でレールも撤去されました。しかし垂井駅利用者は、下り線に乗るためには垂井駅から約3km離れた新垂井駅に行かなければならず極めて不便でした。

戦後、1946年(昭和21年)元の本線にレールが敷かれ復活します。しかし、優等列車と貨物列車は勾配の緩い新垂井線を使います。本線は普通列車のみの運行でした。1986年(昭和61年)利用者の極端に少なかった新垂井駅は廃止。現在の様に全ての下り普通列車だけが本線を使用します。

実際に青春18きっぷで東海道本線を下ってくるとこの旧来の本線で垂井駅に停まり、関ヶ原駅に着きます。

※2020年8月撮影

関ヶ原駅、下りホームも本線線用と通過列車だけの新垂井線用があります。

※2020年8月撮影

実際は新垂井線経由の方が2.9kmほど距離が長いのですが、特例で新垂井線区間も全て本線の大垣駅~垂井駅~関ヶ原駅の営業キロで計算されます。

※2020年8月撮影

関ヶ原駅の構内跨線橋が妙に立派に見えます。

※2020年8月撮影

関ヶ原と言えば、社会科で習った旧豊臣秀吉方と徳川家康の戦った「天下分け目の関ヶ原」の合戦を思い出します。旧豊臣方は石田三成の紋「大一大万大吉」(だいいちだいまんだいきち)、徳川はお馴染みの徳川葵(丸に三つ葉葵)の紋。ホームには東西両軍の主な武将が書かれた看板もあります。

※2020年8月撮影

駅出入口。旧国鉄時代の1944年(昭和19年)に改築された駅舎ですが大幅にリニューアルされています。

※2020年8月撮影

駅出入口から西側には、関ヶ原町役場や関ヶ原古戦場のある東海道本線北側に渡る県道が見えます。

※2020年8月撮影

駅前には「いざ!関ヶ原 関ヶ原駅前観光交流館」があります。残念ながら休館日でした・・・。

※2020年8月撮影

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は安全最優先、あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)


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