【木造駅舎カタログ】東海道本線009 山崎駅

2021.08.09

※2020年8月撮影

トップ画像は、東海道本線山崎駅。駅舎の背後に天王山(270m)があります。右の煉瓦造りは駅のトイレです。

東海道本線は、米原を過ぎてJR西日本の管轄区間に入りました。京都駅から大阪駅までの42.8kmは、京都線と呼ばれ阪急電鉄京都本線と並行し激しい競合が繰り広げられる区間。京都線は複々線になっていて緩急分離運転が実施されています。JR新快速はこの間を最短28分で走り抜け表定速度は何と92km/h。

山崎駅には朝時間帯を除いて快速が停車します。駅舎は京都府乙訓郡大山崎町にありますが駅の一部は大阪府三島郡島本町山崎なのでホーム上に府の境界を示す看板があります。

昭和2年(1927年)竣工の駅舎には正面の他、東側にも妻入りの出入口があります。

※2020年8月撮影

ホームは右上にあります。鉄道撮影では有名な山崎カーブがサントリー山崎蒸留所近くにあるそうです。鉄道写真はスナップを撮るダケという筆者なので撮影スポットには詳しくないのです。むしろサントリーの蒸留所は新幹線の車窓からも見えるのでそちらの視覚的記憶が蘇ります。

※2020年8月撮影

駅前広場。タクシー溜りにもなる様です。

※2020年8月撮影

夏の空ですねぇ。はっぴいえんどの“夏なんです”を鼻歌で歌いながら2020年8月30日の昼下がりでした。

※2020年8月撮影

ロマネスク教会の様なドーム形の出入口。昭和初期のモダニズムでしょうか。

※2020年8月撮影

駅前広場の東側に国宝の茶室「待庵(たいあん)」のある豊興山妙喜庵。室町時代創建の寺院。

※2020年8月撮影

国宝の「待庵」は、日本最古の茶室で千利休作と信じうる唯一の現存茶室。寺の記録では天正十年(1582年)山崎の戦いの羽柴秀吉陣中に千利休が建てた二畳隅炉の茶室を解体移築したと伝わっています。

※2020年8月撮影

本能寺で主君織田信長を討った宿敵明智光秀との決戦。ちょっと奇異に感じるのは、その陣中に茶室を設けた秀吉の心境。

備中高松城攻めから「中国大返し」で急遽駆けつけた秀吉は光秀の数倍という軍勢で余裕があったのかもしれません。この戦いで羽柴秀吉は名実共に信長の後継者になるのです。

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は安全最優先、あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)


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