【木造駅舎カタログ】御殿場線001/40 下曽我駅

2021.09.09

※2020年12月撮影

トップ画像は、御殿場線下曽我駅。

山陽本線に続いては、1934年(昭和9年)の丹那トンネル開通まで東海道本線だった御殿場線の木造駅舎です。丹那トンネルが完成し東海道本線は現在の熱海駅経由に変更されました。丹那トンネル完成以前に作られた鉄道唱歌は現在の御殿場線沿線を歌っています。

複線化までされていた旧・東海道本線、現・御殿場線は、起点が東海道本線国府津駅、終点が同じく東海道本線沼津駅の60.2km。第2次世界大戦中は不要不急路線に指定され複線は単線化されました。資材不足を補うために撤去されたレールは転用されたのです。

帝大生時代、故郷の岡山と何度も往復した内田百閒先生は、戦後に阿房列車で旧・東海道本線(御殿場線)を訪れ懐かしんでおられます。

前置きはこのくらいにして、下曽我駅です。東海道本線だった時代に開業した駅です。朝早く訪問したので朝日が駅舎の白壁に反射して細部の分からないハイコントラストな写真ばかりになってしまいました。

そこで2021年6月。あえて天気の悪い日に再撮影に行きました。雨天の写真もご覧ください。

駅前広場の東側から。土手の上にあるホームも見えています。

※2021年6月撮影

下曽我駅は、1911年(明治44年)国有鉄道下曽我信号所として開業。1922年(大正11年)下曽我駅に昇格。1923年(大正12年)関東大震災で駅舎は倒壊。現在の駅舎はこの後改築されたものです。1934年(昭和9年)熱海駅~沼津駅間が東海道本線になったため御殿場線の駅となりました。

右が駅舎、左は事務室でしょうか。右奥はトイレです。蔵造り風の駅舎は、とても優美です。

※2021年6月撮影

1968年(昭和43年)国府津駅から御殿場駅までが電化されました。1987年(昭和62年)国鉄分割民営化でJR東海とJR貨物の駅になりました。JR東海の駅員さんが配置されています。

※2021年6月撮影

駅正面出入口。右(東)側にも出入口があります。駅舎内の通路に建物資産標がありました。「鉄 03-1001 T11年5月」なので関東大震災で倒壊する前の初代駅舎のものです。

※2021年6月撮影

雨ですが白い駅舎の場合は細部が見えます。

※2021年6月撮影

こちら側が駅舎本体。

※2021年6月撮影

妻壁の部分がなかなか上手く表現できませんが、このカットはどうにか分かります。

※2020年12月撮影

駅舎北東側。こちらにも出入口があります。

※2020年12月撮影

奥のトイレの前から。

※2020年12月撮影

駅前広場南西の角から御殿場線の反対側への地下通路があります。レンズに雨滴が付いちゃいました。

※2021年6月撮影

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)


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