【木造駅舎カタログ】美祢線005/71 於福駅

2021.10.10

※2020年8月撮影

トップ画像は、美祢線於福駅。何とも御目出度い駅名です。木造駅舎もコンパクトで端正。湯ノ峠駅以来久しぶりの瓦屋根です。紅白の提灯は「おふく商工会」と書かれています。この駅にも右に駅の解説板があります。

※2020年8月撮影

駅名の由来は以下です。

1 「防長風土注進案」によると山城山にこかねのつるありしを掘り出せし時「山子供・おふふく・おふふく」と呼しより於福と唱え来たりしと申傳伝へ」とある。

2 「於福風土記」によると、大化の改新の後、律令令がしかれ、山陽山陰連絡線の宿駅・駅家(ウマヤ)意福の里と言われ、早くから連絡路として利用も多く延喜の代、長門の国駅家に阿津、鹿野、意福の名が見られると記している。

3 「於福村勢要覧」には、今から五百年前 この地の城主平佐雅楽守は戦国の無情(無常でしょうね)を感じて他国に出家し修業中、その夫人於福御前は夫の帰国を断念し城中にあった軍資金を費やして田畑を開き道路を開通しこの地を開拓した。「この開拓の大功労者の徳を後生(後世ですね)に伝える為に於福村と改称した」とある。

なかなか面白い内容です。

駅出入口。厚保駅にあったものと同じ「於福 地域交流ステーション」があります。日曜日なので「使用中」になっていました。

※2020年8月撮影

建物財産標には「日本国有鉄道 建物財産標 財第11号 C停 本屋11 大9年10月20日」と記載されています。駅開業の10日前です。

於福駅は1920年(大正9年)美禰軽便鉄道の終着駅として開業。国有化後、1922年(大正11年)美禰線(1963年以降は美祢線)に改称され所属駅になりました。1924年(大正13年)美禰線が正明市駅(現・長門市駅)まで延伸。2013年(平成25年)駅舎改装、「於福 地域交流ステーション」が開設されました。

出入口、待合室部分は、湯ノ峠駅、厚保駅、四郎ケ原駅と同様にモルタルっぽい白い外装材で改修されています。

※2020年8月撮影

駅正面の眺め。「駅前」という住所表示です。実にストレート。(笑)西側は山陰本線まで峨々たる山並みが連なります。

※2020年8月撮影

駅舎の北側。白いパネルで改修されていないオリジナルっぽい妻壁が良いです。

※2020年8月撮影

公道の跨線橋で美祢線の東側、国道316号線側に渡ります。駅前広場と集落。

※2020年8月撮影

美祢線、奥は厚狭駅方面です。

※2020年8月撮影

こちらは長門市駅側。隣の渋木駅までは駅間が9.9kmと美祢線では最長。瀬戸内海側と山陰側を分ける中国山地の分水嶺があります。分水嶺となる大ヶ峠(おおがたお)を美祢線は大ヶ峠トンネルで抜けます。冬期は降雪の多いエリアです。

右奥に「道の駅おふく」が見えます。ここにレンタカーを駐めてきました。

※2020年8月撮影

跨線橋から於福駅木造駅舎のホーム側。

※2020年8月撮影

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)


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