【鉄の一瞥 59】水島臨海鉄道 三菱自工前のザリガニ

2018.08.04

昭和の子供はザリガニを捕って遊んだものです

筆者は東京世田谷の北西の端で小学校から大学までを過ごしました。公団のマンモス団地が作られるまでは巨大な沼地が広がっていて、ザリガニ(アメリカ・ザリガニ)やウシガエルの宝庫でした。小学生の頃は夕方で周囲が暗くなるまでザリガニを捕って遊びました。その後、沼は埋め立てられ団地が作られました。ザリガニが溢れていた小さな流れは悉く無くなってしまったのです。

往時渺茫。

彼等が元々は食用で持ち込まれたコトは知っていました。高級フランス料理やアメリカのケイジャン料理などで好まれることも知っていますが、食べたコトはありません。そもそも甲殻類を好まないのです。

2018年7月23日(月)、倉敷の水島臨海鉄道倉敷市駅8:00発の三菱自工前行に乗って8:28に三菱自工前駅でおりました。周囲は工場しか無く、民家も商店どころか自販機すら見当たりません。

倉敷市駅に戻る列車は、8:47発なので20分近くの待ち時間です。既に外気温は30℃を軽く超えています。ホーム上の屋根の下の日影に逃げ込んで便々と過ごしていました。

単式ホームの手すりに持たれていたら、目の下に小さな溝がありました。ボンヤリ見ていたら時々何か動くのです。

カメラで寄ってみたら、何とザリガニでした。自然の中で遭遇するのは実に半世紀ぶりです。彼等も暑いのかプクプク泡をふいています。鋏が小さいので雌かな。

しかし、パッと見ただけで数匹が動いています。こんな工業地帯の人家もない場所で、ザリガニ採りに来る子供もいないでしょう。どこか、キツネにつままれた様な奇妙な気分でした。このザリガニは脱皮したての様に見えます。

(写真・記事/住田至朗)

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