【鉄の一瞥 30】 碓氷峠鉄道文化むら その1

2017.05.11

1997年(平成9年)北陸新幹線の部分開通で、信越本線の横川〜軽井沢間が廃止になったため、旧横川運転区跡地に1999年(平成11年)にオープンしました。ここには電気機関車の保存車両が多くあります。これは旧国鉄末期に京都の「梅小路蒸気機関車館」に対して「高崎電気機関車館」という計画があって高崎運転所に多くの電気機関車が集められていたのですが、計画が消滅したため、宙に浮いた電気機関車を「碓氷峠鉄道文化むら」に収蔵したからです。

横川駅のすぐ横に「碓氷峠鉄道文化むら」のゲートがあります。ゲートの向こう、煉瓦のブリッジの上では碓氷峠鉄道文化むらの周囲を一周する「あぷとくん」が運行されています。

※画像はPIXTA

碓氷峠鉄道文化むらに入場すると真っ先に眼に飛び込んでくるのが189系特急「あさま号」です。元来特急「あさま」は181系で運転されていましたが、横川〜軽井沢間はEF63重連によって動かせる無動力の8両に限られていました。これを12両にしてEF63との協調運転をするために183系1000番台を改造したタイプです。1975年(昭和50年)製。1997年(平成9年)廃車。

「あさま号」の車内に懐かしいポスターを見つけました。DISCOVER JAPAN「美しい日本と私」は1970年(昭和45年)から始められた旧国鉄のキャンペーンです。

「あさま号」のすぐ後にヨ3500(ヨ3961)が置かれています。碓氷峠を通過する貨物列車専用に改造された車掌車です。

車内に入ることができます。

軽井沢の冬は寒いのでダルマストーブが置かれていました。

「あさま号」の後に「鉄道展示館」があってEF63 10とEF62 54が展示されていました。EF63 10は三菱電機/新三菱重工、1963年(昭和38年)製造です。

EF62 54は東洋電機/汽車会社、1969年(昭和44年)製造。EF62の最終号機で、碓氷峠廃止後も横川からのEF63疎開回送牽引などに使われました。

「峠の強力」というパネルがありました。

驚いたのは電気機関車の価格が表示されていたパネルでした。54両が作られたEF62が7597万円から7669万円、25両作られたEF63が6652万円から1億5988万円と倍額以上の幅があるのは最終号機が1976年(昭和51年)と遅く製造され、電磁吸着ブレーキが装備されたからでしょうか。

さらにED42 1がありました。1926年(昭和元年)にスイスから輸入されたED41を手本に1933年(昭和8年)に国産化され28両が作られたアプト式最後の電気機関車です。現役時代は4両1組(軽井沢側1両、横川側3両)で列車を牽引しました。

「鉄道展示館」を出ると広大なバックヤードに鉄道車両がたくさん並んでいました。

碓氷峠鉄道文化むらで唯一のSL、D51 96は総製造台数1115両の”デゴイチ”の中でも初期型で少数派の「なめくじ」と呼ばれるタイプです。ボイラー上の煙突と砂箱の間に「給水暖め器」を置いてカバーで覆っています。

1280馬力で最高時速は85km/hを誇りました。1938年(昭和13年)製造、1976年(昭和51年)に廃車となりました。

これから広大な敷地に置かれた車両を見ますが、長くなるので、ここで一旦切ります。「鉄の一瞥 30 碓氷峠鉄道文化むら その2」に続きます。

※2013年秋の訪問・撮影なので展示車両などの変更があります。

(写真・記事/住田至朗)


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