【私鉄に乗ろう 61】平成筑豊鉄道伊田線 その1

2018.07.12

※この「私鉄に乗ろう」の写真は、筆者がプライベートな旅で撮影したものです。鉄道会社さんから許可をいただいていませんので、乗車券があれば誰でも入れる場所から、手持ちで撮影したスナップ写真です。ポケットに入るコンパクト・デジタルカメラ(SONY DSC-WX500)で撮影しています。2018年3月18日の撮影。

北九州から炭鉱が無くなって多くの旧国鉄路線が消えました

宮脇俊三さんのデビュー作『時刻表2万キロ』に登場する路線で九州北部だけでも「勝田線(13.8km)」「添田線(12.1km)」「上山田線(25.9km)」「矢部線(19.7km)」「漆生線(7.9km)」「香月線(3.5km)」「宮田線(7.5km)」「室木線(11.2km)」の101.6kmが、現在では廃止されています。他にも「松浦線(93.8km)」は松浦鉄道に、「甘木線(13.7km)」は甘木鉄道に移管されています。

今回乗った平成筑豊鉄道の「伊田(いた)線(16.1km)」「糸田線(6.8kmkm)」「田川線(26.3km)」も旧国鉄の特定地方交通線を第三セクターの平成筑豊鉄道が承継した鉄道路線です。
宮脇俊三さんが”2万キロ”乗った時代から半世紀近くが経とうとしていますが、上に書き出した九州北部の路線だけでも258.3kmが旧国鉄(現・JR)から失われていることになります。

下図は筆者が生まれた1956年の時刻表を写したものですが、黄色いラインが廃止された路線、白は第三セクター化された線、そして今回乗る伊田線がブルー、糸田線がグリーン、田川線は水色のラインです。

平成筑豊鉄道伊田線の概略

筑豊本線と同じ様に掘り出された石炭を若松、戸畑などの港に運ぶために敷設されました。1893年(明治26年)筑豊興業鉄道によって直方〜金田間が開業、1897年(明治30年)に九州鉄道に合併された後、1899年(明治32年)に伊田(現・田川伊田)まで延伸されています。

直方〜伊田間は1911年(明治44年)に複線化され、沿線の炭鉱に伸びる支線が数多くありました。JR九州に承継後1989年(平成元年)に糸田線、田川線と共に平成筑豊鉄道に転換されました。

でわ、今回は直方駅から出発します。直方駅はJR九州筑豊本線の駅。個人的にはこの短い”本線”が好きな路線の一つで、特に非電化の桂川〜原田間の原田線(冷水峠!)が大好きです。

直方駅舎は水戸岡鋭治さんのデザイン。

折尾〜若松間も良いですね。最近話題となったBEC819系架線式蓄電池電車が駐まっていました。愛称”DENCHA”も可愛らしい。車体に「本チク」と書かれていたので、この駅にある直方車両センターの所属です。

JR直方駅の駅名標。

平成筑豊鉄道の直方駅は頭端式で起点駅です。

島式ホーム1面2線。側線が1本あります。左奥はJR直方駅。

2007年(平成19年)から2010年(平成22年)に12両が導入された平成筑豊鉄道400形気動車407に乗ります。伊田線金田駅から糸田線に入って田川後藤寺まで行きます。

出発します。前方右にJR九州直方車両センター(車両基地)が見えます。

平成筑豊鉄道伊田線は直方〜伊田間が複線です。同じく複線のJR九州筑豊本線と並行します。

筑豊本線と並走する途中に駅があります。

では、【私鉄に乗ろう 61】平成筑豊鉄道伊田線 その2 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)

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