車両は出払っているのか【私鉄に乗ろう89】愛知環状鉄道線 その11

2019.08.05

駅名標。光の反射で読み難くてすみません。三河上郷駅は、1976年(昭和51年)国鉄岡多線の駅として開業。単式1面1線の無人駅でした。2001年(平成13年)当駅と北野桝塚駅間が複線化され、2面2線化、、有人駅になりました。駅周囲は住宅と工場があってその外側が農地になっています。豊田市の統計では、乗降人員は1,875人/日(2017年)。

1996年(平成8年)「三河・知多新空港交通対策協議会」(1997年に中部国際空港連絡鉄道建設促進協議会と改称)によって、三河上郷駅から分岐し三河安城駅を経て名鉄線の常滑駅に至る「中部国際空港連絡鉄道」が構想されたことがありました。事業費も試算された様ですが、その後の進展はないとのこと。

これまで南下してきた線路は大きく左(東)にカーブします。北野桝塚の駅予告票。この区間は2001年に複線化されました。右に変電所が見えます。

北野桝塚駅の手前に北野桝塚車両基地があります。

車両は出払っていて2編成程度しか見当たりません。愛知環状鉄道は、昼間でも1時間に上下8本位は運行されています。路線延長も45.3kmと短くないのでたくさんの列車が走っているのでしょう。現行の愛知環状鉄道2000系電車は2009年までに2両編成20本(40両)が製造され、その後も2編成が増備されています。

2.0kmで北野桝塚駅。この駅から岡崎市に入りました。

何と島式ホーム2面4線です。

緑色の愛知環状鉄道線一般公募カラーリングと列車交換。

駅名標。1970年(昭和45年)旧国鉄岡多線の貨物駅として開業。北野桝塚自動車基地と名付けられトヨタ自動車の完成車を運ぶ鉄道基地だったのです。6年後、1976年(昭和51年)からは旅客営業も開始しました。

とにかく、トヨタ自動車のクルマを輸送するための広大なモータープールを備え、1971年(昭和46年)には1日10往復の専用列車140両で1,300台もの自動車を扱う一大拠点でした。各地の港まで運んで船に積み替えていたのです。

しかし1984年(昭和59年)には自動車輸送も終了します。翌年には貨物取扱も廃止。JR東海への継承後、1988年(昭和63年)には愛知環状鉄道の駅になりました。2001年(平成13年)には愛知万博対応で2面4線化されています。しかし、何と2008年(平成20年)まで無人駅だったというのです。この駅に、愛知環状鉄道本社があるんですよ。う〜ん。やはりカナリ複雑な歴史です。

1・2番ホーム。現在は各駅停車しか運行されていないので1番線側は殆ど使われない様です。

遠く山々が見えます。宅地化も進んでいる様で利用者は増加しています。駅の南には三菱自動車の工場もあります。

そろそろ岡崎に近づいてきました。では、【私鉄に乗ろう89】愛知環状鉄道線 その12 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)

TAGS 愛知環状鉄道線


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