この度、阪急電鉄が、2019年10月1日(火)に「梅田」「河原町」「石橋」の駅名をそれぞれ「大阪梅田」「京都河原町」「石橋阪大前」に変更すると発表した。そもそも駅名は地図や案内板にも表示がされるため、むやみに変えるべきではないという意見もある。そんな中、阪急最大のターミナル駅である「梅田」を含む今回の変更は、かなり大胆な発表とも言えるだろう。では、鉄道会社が駅名変更するのにはどのような思惑があるのだろうか。

駅名は単なる記号の意味合いだけではない

駅名がその街に及ぼす影響は計り知れず、単なる名称だけの役割ではなく、その駅や街の価値を作り出すものとなる。経済誌や大手不動産会社では「住みたい駅名ランキング」なるものが作成されたり、街の価値もその駅を中心にして上がっていく。

関西住みたい駅ランキング1位の阪急神戸線・西宮北口駅 画像:Pixta

マーケティング用語としても「ブランディング」という言葉があり近年一般的にも広く知られているが、早くからこのブランディングの手法をとってきたのが、言わずと知れた今回の阪急電鉄である。古くは創業者・小林一三の時代からブランド戦略が行われており、車体の「阪急マルーン」伝統カラーを始め、鉄道のみならず他関連事業においても他社と一線を画するブランド力を誇っている。もちろん沿線駅においても、夙川・苦楽園口・武庫之荘など、関西では高級住宅地として名の知れた「ブランド駅」が存在する。そして、そのブランドは決して一朝一夕で出来るものではなく、長年の歴史がそのイメージを作り上げるのだ。

「難読だから変更すべき」は勿体無い!

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鉄道会社が駅名変更する理由の一つとして、「わかりやすさ」がある。もちろん近年増加する訪日外国客を含めた観光客のためでもある。

また、各駅が持つ字面のインパクトも重要で、近年では業平橋駅⇒とうきょうスカイツリー駅など、難読駅名をひらがな・カタカナにして覚えやすくすることで認知度を上げて駅の価値を上げる、一種の「イメージ戦略」的な側面は強い。

ただし、駅自体が有名であれば難読であっても知名度がそれを追い抜くこともあり、”地名度”のほうが高ければその難読自体が記号として成り立つことも興味深いところだ(例:高田馬場・日暮里・御徒町など)

そして更に興味深いのは、難読駅名自体にブランド力があるパターンだ。京福電鉄では2007年に7駅の大規模駅名変更が行われているが、その際には難読駅名の変更は”あえて”行われていない(蚕ノ社・帷子ノ辻・有栖川など)。この場合は「京都ブランド」が大きく影響しており、他地域で成り立つとは考えづらい。

ちなみに、今回の阪急の変更対象にならなかった難読駅名はいくつかある。

・十三(じゅうそう)
・雲雀丘花屋敷(ひばりがおかはなやしき)
・門戸厄神(もんどやくじん)
・小林(おばやし)
・売布神社(めふじんじゃ)
・柴島(くにじま)

音の響きも唯一無二で、難読という理由だけでこれを変更することを勿体無く感じる人は少なくないはずだ。また、ただ闇雲に平仮名・カタカナの駅名にするのも、かえって時代遅れとなってきた。

時代のニーズに合わせた駅名へ

2018年4月に4駅の名称を変更した京阪大津線。何より観光客への分かりやすさが重視された。

有名な大規模駅名変更と言えば、2007年の京阪電車によって行われた駅名変更だ。この時は、四条⇒祇園四条、五条⇒清水五条 といった特急停車駅など主要駅が変更されたため、インパクトも大きかった。

2018年4月に、同社は大津線4駅の変更も実施した(浜大津 ⇒ びわ湖浜大津 など)。

特に今後のインバウンド需要増加を目指す京都・滋賀では、祇園・清水・琵琶湖等の名前を冠することで、どの観光地へアクセスが良いかなど一目で分かるよう、鉄道会社が利用者側の利便に合わせていることが分かる。

また、ネーミングライツの手法をとり、愛称を募集している場合もある。銚子電鉄ではネーミングライツによる新駅名愛称を募集してることでも有名であり、この命名権を収入の一部として増収を図っている。中小私鉄の経営難が顕著となっている昨今では、このような形で駅名(愛称)を変更することもあるので、これも現代的なスタイルと言えよう。

終わりに

鉄道会社としては駅名変更をすることで、先述の通り路線図や時刻表の刷新を始め様々な費用が発生するのは予想できるだろう。しかしそれ以上に受けるリターンが見込めるからこそ、今回の阪急についても駅名変更という施策を打ち出しているに違いない。

今年7月に阪急阪神HDより発表された「グループガイド2019」において「インバウンド取り組み強化」の項目が大きく打ち出されており、グループのホテル・旅行等も含めて全社的な訪日外国人受け入れ強化の姿勢を強く示している。

また、阪急が構想として持つ「大阪空港線」や「新大阪連絡線」が完成すれば、将来的には新幹線や国内線経由で日本各地へのアクセス結節点になるということも腹案として持っているだろう。

あえて伝統的な「梅田」「河原町」という関西で強いブランド力を持つ駅名に、手を加えてまでわかりやすく「大阪」「京都」の都市名を冠する。そこに阪急におけるインバウンドの取り組みへの本気度がうかがえるし、遅かれ早かれこれらの駅名は皆に分かりやすいものに変わっていたかもしれない。

駅名の好みというのは人それぞれであり、今回の「大阪梅田」しかり、最近では「高輪ゲートウェイ」の命名も賛否両論があった。鉄道各社も頭を抱える問題であるとは思うが、このような目に見えてわかる改革的な戦略というのはとても興味深く、今後どのように好転していくのか楽しみでもある。

記事:西上 いつき(鉄道アナリスト)

※本記事は西上 いつき氏のブログへの投稿を、2019年現在の状況も踏まえてリライトし、ご寄稿いただいたものです。