上田電鉄の車両といえば真っ先に思い浮かぶのが丸窓電車ことモハ5250形。戸袋部分が丸窓で写真右のモハ5252は塗装や補修を経た上で資料館として整備されています。 写真提供:上田電鉄

鉄道をめぐる明るい話題の一つに、2020年12月18日から始まった上田電鉄の別所線全線開通100日前カウントダウン企画があります。上田―別所温泉間(11.6km)を結ぶ別所線は、2019年10月の台風19号(令和元年東日本台風)で千曲川橋梁が流失。上田―城下間が1年以上にわたり運休中ですが、2021年3月28日の全線運転再開が決まり、カウントダウン企画では千曲川橋梁のライトアップ、赤い橋梁を神社の鳥居に見立てた全線開通ロゴなどで鉄道復旧をアピールします。

私が上田電鉄を取材したのは8年前の2012年。ホテル・旅館や観光施設の設計・施工会社で構成する国際観光施設協会の研究会が別所温泉で開かれることになり途中、下之郷駅にある本社を訪問しました。当時の取材メモを基に、最近の利用促進策を交え長野県の歴史ある地方鉄道を紹介しましょう。

5線区のうち最後に残った別所線

種車の東急1000系には戸袋窓がないため、ドアに近い片側2カ所を丸窓化しています。 写真提供:上田電鉄

上田の地形は盆地で、産業は長く養蚕業が盛んでした。戦後しばらくまで日本を代表する輸出品だった絹製品を横浜港などに運ぶのが鉄道の主目的で、前身の上田丸子電鉄は5線区・57kmの鉄道網を形成していました。現在も唯一残った別所線の最近の利用のピークは、北陸新幹線(長野新幹線)が開業した1997年度前後。終点には別所温泉があり、温泉観光客のアクセス鉄道の役割を果たします。

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実際には温泉客より地域の通勤通学客の利用が多い上田電鉄ですが、20年ほど前には上田市中心部との間に流れる千曲川に道路橋が相次いで架設され、利用客がマイカー通勤にシフトしたこともありました。輸送人員の推移については、上田市の資料を引用した別添のグラフをご覧下さい。2019年度は区間運休と新型コロナでさすがに落ち込んだものの2003年度以降、着実に実績が当初予測を上回っているのが注目すべきポイントです。

上田電鉄の輸送人員の推移 画像:上田市ホームページ

上田電鉄は2000年代初頭までの利用減で、存続か廃止かが議論されたこともありました。しかし、地域が望んで誕生した鉄道だけに沿線には「何としてでも鉄道を残したい」の機運が満ちあふれ、2004年には公的支援を受けながらの存続が決まりました。2005年2月には上田市や観光関係団体による「別所線再生支援協議会」が発足して「別所線再生計画」を策定。再生計画は国土交通省の承認を受け、国や長野県、上田市が鉄道の近代化を集中支援しました。具体的には近代化設備整備費を助成、安全のための設備や運行経費補助、鉄道用地に関する固定資産税減免などが主な支援策です。

上田電鉄の利用促進に向けた自助努力では、コスト削減とともに列車増発や北陸新幹線との接続改善などで利便性を向上させました。再生支援協議会は、「乗って残そう」をキーワードに多彩な利用促進作戦を展開。鉄道を観光資源化する取り組みとして、電車内でのイベントなどを継続的に開催しています。沿線住民に向けた利用促進策では、1年間有効で通常より割引率を引き上げた自治会回数券「マイレールチケット」の販売斡旋、キャラクター設定、シンポジウム、写真撮影会開催、一部駅にパークアンドライド駐車場開設などがあります。さらには貸切電車によるコンサート、別所線を利用したカラオケ大会、ウォーキングイベント、トレインパフォーマンスなど、まさに何でもありの様相です。

取材時点の数字ですが、年間のイベント開催は80回以上とも(沿線の催しによる臨時電車運転や鉄道グッズ販売、沿線外での催しへの参加を含みます)。利用客を定期客ときっぷを買って乗る普通客に分ければ、2005年度に全体の10%程度だった普通客は再生支援協議会の活動後には13%に増加。増加分の多くは、鉄道に乗ることが目当ての〝観光目的客〟とみられています。

落下した「赤い鉄橋」を上田市有に

台風で落下した千曲川橋梁は通称「赤い鉄橋」と呼ばれ、鉄道ファンや写真愛好家に絶好の被写体でした。復旧に当たっては上田市が鉄橋を所有する手法が取られ、国の特定大規模災害等鉄道施設災害復旧事業費補助を活用することで、総事業費の97.5%が国負担となりました。

さらに上田市の公共交通の情報を検索していたら、「QRコード決済の実証実験が10月からスタート」のニュースがヒットしました。当初の交通機関はバスで、スマートフォンに表示されるQRコードを機器にかざすだけで乗降車できます。上田電鉄の参加は2021年度からのようで、地方都市が地域ぐるみで交通キャッシュレス化に乗り出すのは比較的珍しいといえます。上田市の構想は不明ですが、QRコード決済のメリットで考えられるのは訪日外国人の受け入れ環境整備。出発前または日本入国後に乗車券を購入しておき、スマホ画面をかざして(見せて)別所線を利用する。温泉と上田城、そしてローカル線、上田には訪日客を引き付ける要素が数多くあります。

少々古くなりましたが、上田電鉄は「鉄道の日」の2020年10月、多彩な鉄道グッズの企画・販売しました。同月に売り出されたのは「アクリルキーホルダー」「コットンバッグ」「ミニヘッドマーク」。鉄道むすめのキャラクターは八木沢まいで、八木沢駅と舞田駅からネーミングしました。ホームページでは、撮り鉄の方々に向け車両運用を公表しています。

真田幸村が入ったかもの別所温泉

温泉郷の玄関口としての風情を感じさせる別所温泉駅。上田丸子電鉄時代からの駅舎が現在も継続使用され、モハ5252の資料館もあります。 写真提供:上田電鉄

最終章では、上田電鉄で行く別所温泉に触れましょう。周囲を山々に囲まれ、大きな歓楽街はありません。温泉旅館は全部で20軒足らずで、地域全体をみれば観光関係以外の職業に就く人が多い。観光専門誌の選んだ日本の温泉ベスト100では、ちょうど真ん中当たり。似ているのは富山県の宇奈月温泉や神奈川県の湯河原温泉で、本当に温泉好きの人たちが訪れる名湯、それが別所温泉といえるでしょう。

別所温泉の賑わい演出の旗を振るのは2009年に活動を開始した「別所温泉魅力創生協議会」です。創生協は、地域の魅力を「素朴な人情と豊かな自然、歴史、温泉が織りなす癒やしの別所温泉」のフレーズに集約しました。フレーズを実現するキーワードは、①もてなし ②食 ③まちの魅力 ④情報発信――の4項目。創生協の下に「ホスピタリティー向上」「地産地消」「街づくり促進」「情報誘客促進」の4つの委員会を設置して事業を考案しています。

新しい話題では2020年6月、信州上田・塩田平が日本遺産に認定されました。信濃国分寺から別所温泉を通るレイライン(夏至の朝、太陽が日の出の際に地上につくる光の線)沿いに点在する神社仏閣、さらには祭事が未来に残すべき遺産と認められました。

上田を代表する勇将といえば真田幸村で、信州の鎌倉とも呼ばれる別所温泉は「幸村の隠し湯」とも呼ばれます。来春の別所線全通の折には、戦国の世に思いをはせながら鉄道で温泉を訪れるのも一興かもしれません。

最新鋭の6000系電車は元東急1000系で、かつては東急線と東京メトロ日比谷線を走っていました。写真の「さなだどりーむ号」は特別塗装車で真田幸村の家紋・六文銭が描かれています。 写真提供:上田電鉄

文:上里夏生