北海道新幹線札幌延伸でどうなる? 函館本線・山線の旅(7)

2020.11.07

【前回】北海道新幹線札幌延伸でどうなる? 函館本線・山線の旅(6)
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2030年度の開業を目指して北海道新幹線札幌延伸のための工事が進められています。開業と共に並行在来線はJR北海道の経営から分離されるため、沿線市町村は鉄道のあり方を協議しています。特に小樽~長万部は乗客が少なく、廃止か存続か揺れ動いています。10年後の札幌開業を控えた沿線の現状を全7回にわたって紹介します。(撮影は全て2020年8月)

木の香り漂う洒落たカフェのようなたたずまい 「目名駅」

山小屋風の駅舎

目名駅は1904年10月15日に「磯谷駅」として開業しました。1905年(明治38年)12月15日に目名駅に改称され現在に至ります。地名はアイヌ語の「メナ」(細流、支流)に由来。かつて隣駅は上目名駅でしたが、乗客減少により1984年3月31日廃駅になっています。

町民サロンを併設

駅舎に「町民サロン」を併設。少々狭いですが人口が少ないので住民が集うのには十分な広さなのでしょう。サロンは何もかも木で作られ洒落たカフェのような雰囲気。テーブルには思い出ノートが置かれ、目名駅に対する思いが綴られていました。

別名・熱郛ホール 「熱郛駅」

三角が人目を引く小粋な駅

熱郛(ねっぷ)駅は 1903年11月3日に開業しました。1904年10月15日に歌棄(うたすつ)駅に改称されましたが、翌年には現駅名に再改称されています。地名はアイヌ語の「クンネ・ネッ・ペッ」(黒い標木(目印となっている木)の川)が縮まり「ねっぷ」になったと言われています。

プランターから住民のぬくもりが伝わってくる

駅前は空き家や廃屋が多く見受けます。それでもプランターの花がきれいに咲いているのは、地域の方がお世話されているからなのでしょう。住民にとって駅が特別な存在であることが伝わりました。

かつては鉄道の拠点として栄えた「黒松内駅」

北限のブナ林の町

黒松内町は人口約2,700人の小さな町です。黒松内駅は、1903年11月3日に開業しました。1920年10月24日に、当駅と日本海側の寿都町を結ぶ「寿都鉄道」が開通。一時は機関庫が置かれるなど鉄道の拠点として位置づけられていました。しかし1972年5月11日に寿都鉄道が廃止、2007年4月1日に黒松内駅が無人化されるなど、かつての栄光は昔の思い出になってしまいました。

お祭りで賑やかな駅前通り

駅前は旅館や商店が立ち並び活気があります。ずらりと露天商が並んでいるので何をやっているのか尋ねると「今日は大鳥神社祭り」とのこと。毎年宵宮と本祭が盛大に行われますが、2020年度は新型コロナウイルス拡散防止のため、神輿などすべて中止になったそうです。

お祭りは町最大の娯楽

娯楽が少ない黒松内では誰もがお祭りを楽しみにしていました。特に子どもたちにとって出店は最大の楽しみです。「何もない祭りでも露天商の人たちは来てくれました」と酒屋のご主人は安堵の表情を浮かべます。楽しそうに買い物をする親子の姿が脳裏に焼き付きました。

ワラ1形有蓋車の駅舎「二股駅」

隣駅の蕨岱駅は2017年3月に廃駅になった

二股駅は1903年11月3日に開業しました。駅名はアイヌ語の「ペタヌ」(川股)由来とされる地名から採られています。1987年1月に旧駅舎が撤去されて貨車駅舎に改築されました。車掌車が用いられることが多いですが、この駅はワラ1形有蓋車が使われています。ホームに名所案内があり8㎞先にある二股温泉が紹介されていますが、この駅を利用する人は少ないでしょう。

「長万部駅」で山線の旅を終える

高架が決定した長万部駅

140.2㎞に及ぶ山線の旅も長万部が終点です。同駅は1903年11月3日に開業しました。駅前には「新幹線駅部高架決定」の看板が掲げられ、新しい時代の幕開けを期待しています。あと数年もすれば駅はすっかりと変わり、かにめしを立ち売りしていた面影も消えてしまうでしょう。駅と共に町も変わるのか。駅だけが変わるのか。今後の成り行きが注目されます。

10年後には見れない景色がここにある

山線を旅して感じたのは、それぞれの駅の温度差です。駅の機能を失っても、観光案内所や地域のコミュニティーとして活用する用意を整えている駅もあれば、消えることを受けいれていると感じる駅もありました。ひとつだけ確実なのは「今見ている景色は10年後には見られない」ということ。山線を訪れ、みなさんの記憶に今の光景をとどめてください。

文/写真:吉田匡和


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