一部3両化方針決定、浦添延伸に続きSuica利用が可能に……開業18年目 話題続くゆいレール

2020.11.08

那覇空港駅に入線する1000形。経営は上下分離を採用し、インフラ部分(軌道構造物)を行政が整備し、事業者の沖縄都市モノレールは車両などを導入しました。写真は京浜急行電鉄仕様の特別塗装車。

沖縄県唯一の鉄軌道系の公共交通機関・沖縄都市モノレール(ゆいレール)が、2003年8月の開業から18年目を迎えました。那覇市の那覇空港駅と浦添市のてだこ浦西駅を結ぶ17.0kmの路線で、31万都市の県都・那覇市の中心部を走るモノレールは日々の通勤通学や買い物に加え、本土からのビジネス・観光客、訪日外国人旅行者にも幅広く利用されます。

昨年から今年に掛けては、2両編成列車の一部3両化方針決定(2019年春)、首里~てだこ浦西間の延伸開業(同年10月)、自動改札システムのSuicaなどへの対応開始(2020年3月)と話題が続いています。沖縄取材の折、那覇空港に隣接するゆいレール本社を表敬訪問して近況を伺いました。

沖縄返還のころからあった鉄軌道待望論

沖縄県の交通の課題を示すのが輸送分担率です。全国の中核都市では鉄軌道(JR、私鉄、公営鉄道など)のシェアが10~30%あるのに対し、モノレール開業前の那覇は0%。自動車中心の社会は、慢性化する道路渋滞や環境悪化といった問題を顕在化させ、ゆいレール建設の機運を盛り上げました。

「沖縄に鉄軌道を」の動きは沖縄返還の年・1972年に早くも表れました。同年の国の沖縄振興開発計画は軌道系輸送システム(「新しい交通システム」と表記)の必要性を提起。その後、国の沖縄総合事務所と県、那覇市などがルート選定に着手しました。

必要論、不要論が交錯する中で1982年に県と那覇、浦添の両市などが出資した第三セクターの沖縄都市モノレールを設立。運輸大臣(当時)の認可などを経て、1996年11月に着工し、2002年末に全線での試験走行を開始。翌年の「道の日」の8月10日に開業しました。

開業の2003年度に1日当たり3万1900人だった利用客は、2019年度は過去最高の5万5800人に増えました。利用客が順調に増加したのは、通勤通学客がゆいレールを利用するようになったから。過去には那覇市の渋滞発生率が全国の県庁所在地でワーストワンという不名誉なデータもあり、時間に正確な鉄軌道のメリットが社会に浸透するに連れ、移動手段をマイカーからゆいレールに切り換える通勤客が増えました。

3両化で輸送力は1.4倍に

昨春からのニュースを時系列でたどりましょう。利用客の増加が続く中で決まったのが3両化です。現在の車両(1000形)はすべて2両編成で、新製する中間車を挟み込むほか、3両編成の新車新製も考えられています。

地元報道によると、2030年の1日利用客は現在より1万5000人ほど多い7万5000人を見込みます。3両編成モノレール登場は2022年度から。ゆいレールには現在車両が21編成あり、うち2027年度までに9編成を3両化するようですが、詳細の決定はこれからになります。

モノレール初めて浦添市へ

てだこ浦西駅の終端部には保守用車が待機しています。

開業後初めての延伸区間となる首里~てだこ浦西間(4.1km)が、2019年10月1日に開業しました。沖縄県などは2006年度から路線延伸の検討に着手し、2008年には沖縄都市モノレール延長検討委員会が、当時の終点・首里から浦添市方面に延びるルートを推奨。県とゆいレールは整備計画を精査した上で、法令に軌道運輸事業の特許(免許)を国から取得しました。

新しく開業したのは、首里側から石嶺、経塚、浦添前田、てだこ浦西の4駅。石嶺駅は那覇市、その他はゆいレール初の浦添市内の駅です。首里からは北方向、次いで東方向に向かい、てだこ浦西は沖縄自動車道に接します。県などは駅付近に1000台規模の駐車場を整備して、マイカーからモノレールに乗り継ぐパーク&ライドを推進し、那覇市内の渋滞解消や環境負荷軽減につなげます。

ちなみに駅名の「てだこ」は、沖縄の方言で「太陽の子」の意。現在の浦添で生まれたとされる琉球王国の英祖王の神号「英祖日子(えそのてだこ)」に通じます。地理的には、沖縄県最東端の駅という特徴を持ちます。

那覇空港を降りたらSuica

那覇空港駅改札。上部には「ゆいレールでSuica等交通系ICが使えます」の掲示が。

2020年3月からは、待望のSuica対応が始まりました。ゆいレールでは2014年10月から「OKICA(オキカ)」という沖縄版非接触型ICカードが導入されましたが、システムを改修しSuicaやPASMOといった本土版カードに対応するようにしました。

ちなみにSuicaとOKICAの関係は、鉄道でいえばSuicaの片乗り入れ。Suicaはゆいレールで使えますが、OKICAはJR東日本や本土の私鉄線では使えません。対応開始の理由は本土からの旅行客に向けたゆいレールのサービス向上。那覇空港駅の改札口は1カ所で、観光客や出張客が集中すると券売機や改札に列ができます。本州などのICカードが使えるようにして、改札通過がスムーズになりました。

ゆいレールの改札は、QRコードの読み取り機能も備えます。QRコードで便利になるのが訪日外国人で、事前にチケットを購入してコードをスマートフォンの画面に表示すれば、受け入れ環境整備につながります。

QRコードは改札機中央部の赤枠内で読み取ります。

新型コロナ禍の2020年は残念ながら訪日客は激減しましたが、沖縄はアジアからの訪日客に高い人気を持ちます。訪日旅行回復に連れ、SuicaやQRコード対応は本領を発揮するはずです。

那覇空港から首里を経ててこだ浦西へ

車内はロングシートですが、運転席後部はクロスシートで鉄道ファンの特等席となっています。
列車はワンマン運転で、各駅では運転士が身を乗り出してホームの安全を確認します。

最後は全線乗車の印象を。路線はてこだ浦西駅付近を除き全線高架で、那覇や浦添のまちを眺めながらの乗車は快適そのもの。ゆいレールの利用そのものが、観光目的の1つになっています。那覇空港を発車したモノレールは南方向に走り住宅地を回り込んで、那覇市中心部に向け北上します。

那覇空港次駅の赤嶺は日本最南端の鉄軌道駅。那覇空港―赤嶺間の運営基地(本社、車両基地、工場、変電所など)にはゆいレール資料館もありますが、現在はコロナで休館中。再開すれば沖縄県民から「ケービン」と呼ばれて親しまれた、沖縄県営鉄道の貴重な資料などが見学できます。

奥武山公園駅から壷川を渡り旭橋駅までの区間は、ゆいレールを代表する景勝地。近代的なまち並みと奥武山公園の緑がコントラストを描き、那覇埠頭には中国など東アジアからのクルーズ船も入港します。

県庁前―美栄橋―牧志間は那覇市のビジネス・繁華街。モノレールに並行する国際通りは沖縄を訪れる観光客が1度は立ち寄る有名スポットで、通り両側にはみやげ物店が並びます。牧志を発車したモノレールは2回ほぼ直角に曲がり、首里に向かいます。古島駅からは高台を駆け上がり、眺望が一気に開けます。那覇市街や那覇空港を一望する市立病院前駅や儀保駅からの眺めは観光気分を満喫させてくれます。

浦添前田~てだこ浦西間はゆいレール唯一の地下区間で、駅ホームからトンネルが見えます。地下部分は延長約600mで、開削工法とトンネル工法(NATM=ナトム)を併用しました。

首里といえば、2019年10月の首里城火災は多くの沖縄県民の心を悲しみに包みました。火災から1年の地元テレビでは、「あの日、モノレールから焼け落ちた首里城を見たら、涙があふれ出た」のリポートも。琉球の歴史を象徴するのが首里城なら、沖縄の未来を表すのがゆいレール。開業から18年を経て、県民の心に確実に根を下ろしているようです。

文/写真:上里夏生


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