イメージ写真:tarousite / PIXTA

JR東日本2952億円、JR東海1135億円、JR西日本1447億円。JR本州3社が10月28~30日に発表した2021年3月期第2四半期決算では、巨額の営業赤字が衝撃を持って伝えられました(いずれも1000万円以下切り捨て)。世上では、「本格的な回復は4~5年後」「いや永久に戻ることはない」とさまざまな憶測が飛び交いますが、今考えるべきは「リモートワークの普及などで利用客が減少しても、安定的に利益を確保できる企業体質への転換」なのかもしれません。

そんな中、鉄道事業者の生き残り策が提示されたのが、運輸総合研究所が10月26日に開いた「新型コロナウイルスが鉄道輸送と都市構造に及ぼす影響に関するシンポジウム」。パネリストとして出席したJR東日本、東急電鉄、東京メトロの考え方を探ってみましょう。

コロナが鉄道輸送と都市構造を変える

シンポは東京会場で公開されたほか、リモート中継で全国1000人以上が聴講しました。

シンポのパネルディスカッションにはJR東日本の坂井究常務・総合企画本部長、東急電鉄の城石文明代表取締役副社長執行役員・鉄道事業本部長、東京メトロの野焼計史常務・鉄道本部長が登壇。東急総合研究所の太田雅文主席研究員、計量計画研究所の岸井隆幸代表理事らと意見交換しました。

ADVERTISEMENT

タイトルに都市構造を掲げたのは、コロナのリモートワークで東京都心のオフィス需要が減る一方、郊外のシェアオフィスが増えるといった都市の変化が現れるから。働く場所の分散化は東京一極集中の是正につながる半面、鉄道事業者には通勤客が減って基礎収入が減少するマイナス要因が考えられます。

15%の利用客は永久に戻らない

緊急事態宣言の4~5月にはリモートワーク実施率は働く人の4割前後に達しました(イメージ)

鉄道3社のうち、JR東日本の発表を取り上げます。関東圏在来線の定期外収入、つまり通勤通学客以外の収入は緊急事態宣言の4~5月はコロナ前の30%程度に減少しました。5月に宣言が解除されると利用客は徐々に戻り始め、9月時点では60%程度ですが、年度末の2021年3月には80%程度に回復するとみるそう。その後は85%前後で頭打ちとなり、結局15%程度の収入は戻りません。

新幹線(JR東日本なので東北・上越・北陸新幹線です)は在来線よりダメージが大きく、緊急事態宣言時はコロナ前の20%、9月時点でも50%程度しか戻っていません。来年3月には55%、将来的に80%までの回復を予測します。在来線85%、新幹線80%の回復見通しに甘すぎるとの見解をお持ちの方もいらっしゃるでしょうが、坂井常務は「想定より回復が早かった」と話していました。

通勤通学輸送という基礎収入のある鉄道は、手堅い商売の代表格と考えられてきました。車両や設備、ダイヤは輸送ピークを前提に用意されるわけで、列車本数を簡単に減らせない以上、経営方針の転換が必要です。話を総括すると、JR東日本の収入はコロナ後も従前の7~8割程度にとどまり、それで経営を成り立たせる方向性が明確になりました。

坂井常務は講演後半で対応策も披露したのですが、主な施策は駅に仕事スペースを設ける「ステーションワーク」、観光地で昼はレジャー、夜は仕事のワーケーション、移動を便利にする総合情報プラットフォーム「MaaS」、渋谷や高輪ゲートウェイでの「魅力ある街づくり」、都市と地方の交流促進と多くは既出でした。

私は最初「新味に欠けるな」と思ったのですが、後に別の考えに至りました。例えば、自動車でA社からB社のクルマに乗り換えるとA社の収入は300万円(仮定です)から0円、B社は0円から300万円になります。A社の防衛策はいいクルマを造る、買い替え時期にセールスマンが顔を出すぐらいで決定打はないような気もします。鉄道も同じで離れていく利用客を引き止める完全な手立てはないのですが、ワーケーションやMaaSで一定程度防御できるだけ恵まれているようにも思いました。

「CaaS」で出勤でもリモートでもOKのリバーシブルな街づくり

東急と東京メトロの施策も報告します。東急の発表で印象に残ったのは、緊急事態宣言解除後の6~7月に実施した「働き方に関するアンケート調査」。7000人弱の回答者のうち、「東京圏から地方に転居したい」と答えたのは1割以下で、多くの人は「転居しない。コロナ禍は収束する」とみるようです。

城石副社長が提起したのは、おそらくMaaSに引っ掛けたのでしょうが「City as a Service=CaaS」。「リアルと現実の融合による未来に向けた街づくり」が意味するところで、出勤でもリモートでも働ける。鉄道利用客は減っても、住宅その他の関連事業でカバーするのが、東急以外も含めた今後の鉄道企業の生きる道かもしれません。

東京メトロの野焼常務は、「選ばれる鉄道企業」の実現を最重要課題としました。キーワードは利用客それぞれの志向に合わせる「パーソナライズド」で、MaaSの必要性も指摘しました。

鉄道は斜陽産業? どうすれば生き残れる

識者からも興味深い話が聞けました。岸井代表理事はコロナが加速させた社会変化を「職住分離から緩やかな融合へ」と表現しました。これまでは郊外の自宅から都心のオフィスに出勤し、夜は再び電車で帰るのがビジネスマンの平均像だったのですが、自宅で働くテレワークなどで職場と自宅は緩やかながら近付いているとのことです。

そういえばシンポの余談で「オフィス付き住宅」の話が出ました。ネット検索してもピタリの話題はヒットしなかったのですが、昔の家には「お父さん専用の書斎」がありましたよね。オフィス(事務室)付き住宅は、〝書斎リバイバル〟のように思えてしまいます。

ラストは、太田主席研究員の「コロナ=デジカメ論」を取り上げます。デジタルカメラが普及して街のプリント店はほぼ消滅しましたが、少々オーバーながら鉄道も今、生き残れるか消滅かの岐路に立たされているというのです。人口減による移動減少はコロナがあってもなくても、いずれ起きると考えられていました。

締めくくりに太田研究員のパワーポイントのフレーズを転載しますので、読者諸兄も大好きな鉄道がどうしたら生き残れるのか考えていただければ幸いです。

「この破壊的イノベーションは、多少は既存事業に痛みを与えるかもしれない。しかしながら、これを乗り切れば本来目指すべき世の中を実現することができ、かつ新しいビジネスチャンスを開拓できる『絶好機』がこのコロナ禍によりやって来る、と見るべきかと思います。皆さまのお考えはいかがでしょうか」

電車の中吊り広告枠に掲げられた感染防止ポスター(京成電鉄)

文:上里夏生