拝島線の複雑な歴史 知ってました?【駅ぶら04】拝島線02

2021.09.07

※2021年4月撮影

トップ画像は、萩山駅に到着する多摩湖線各駅停車国分寺行。元二代目L-train。

拝島線前面展望は萩山駅から出発します。右はトップ画像の多摩湖線上り電車。

※2021年4月撮影

これが萩山駅西側、拝島線と多摩湖線が分岐する部分の線路配置。拝島線は分かり易く複線で左に向かいます。右の多摩湖線複線は八坂駅手前で単線になります。多摩湖線の左側には電車留置線があります。(※正確には、多摩湖線は全線単線扱いですが、部分的に複線化された箇所が存在します)

※2021年4月撮影

正面のシンプルな集合住宅は防衛省の宿舎。

※2021年4月撮影

江戸街道の踏切。この後線路の左側はブリヂストン工場ですが、右にも飛地でブリヂストンの敷地があります。

※2021年4月撮影

左(南)側は、ブリヂストンの技術センターと工場。戦時中は広大な陸軍兵器補給廠小平分廠があった跡地です。

※2021年4月撮影

拝島線は高架になって府中街道(東京都道16号線)を越えて左に90度カーブ、南に向きを変えて国分寺線と並んで小川駅に着きます。

※2021年4月撮影

勾配標25パーミルの上りです。

※2021年4月撮影

17パーミルで下りながら左にカーブします。正面は、都営小川東町二丁目アパート。

※2021年4月撮影

下りながら左下のキロポストが気になりました。0kmマイナス500mという表示。つまり小川駅からマイナスで示されています。

※2021年4月撮影

この不思議なキロポスト、拝島線の複雑な歴史が背後にあります。拝島線には4つの0キロポストが存在しているのです。

小平駅~萩山駅間は、1928年(昭和3年)多摩湖鉄道が開通させた支線。その後武蔵野鉄道になり旧・西武鉄道と合併。村山貯水池への観光客輸送のため萩山駅を移設し小平駅~萩山駅~多摩湖駅の運転を開始。(小平駅1番ホーム0キロポスト 多摩湖線に繋がっています)

小川駅~玉川上水駅間は、戦前に日立航空機立川工場への専用鉄道として附設されました。戦後西武鉄道が取得、1950年(昭和25年)上水線として開業。(小川駅4番ホーム側0キロポスト)上の写真のキロポストはこの0キロポストを反映しているのかな。

1962年(昭和37年)陸軍兵器補給廠小平分廠への引き込み線を再利用して小川駅~萩山駅間が開通。(小川駅1番ホーム0キロポスト)小平駅~萩山駅~玉川上水駅間直通運転開始。

1968年(昭和43年)玉川上水駅~拝島駅間が開通。(玉川上水駅1番ホーム0キロポスト)拝島線小平駅~拝島駅間全通。

話を元に戻しましょう。高架部分から地上に降ります。右は国分寺線。

※2021年4月撮影

小川駅です。萩山駅から1.6km。

※2021年4月撮影

国分寺線小川駅【駅ぶら】で訪れた踏切です。

※2021年4月撮影

拝島線下り電車は、4番ホームに入ります。

※2021年4月撮影

南側、望遠レンズなので国分寺線と拝島線の複雑さが強調されています。

※2021年4月撮影

拝島線成立(1968年昭和43年)までの複雑な歴史、実際に通ると分かりますね。

小川駅も国分寺線で【駅ぶら】済みなので、このまま前面展望を続けます。

(写真・文章/住田至朗)

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。


LINEで送る

オススメ記事

こちらの記事もオススメです