【木造駅舎カタログ】山陽本線025/34 岩田駅

2021.09.03

※2020年8月撮影

トップ画像は、山陽本線岩田駅。実に端正なプロポーションの木造駅舎です。左はトイレ。

切妻の瓦屋根の左右にトタン葺きの切妻屋根が軒の様に出ています。コレがオリジナルか否かは分かりませんが本屋の屋根としては、この部分が無いと妻壁の上に軒が無くなってしまいます。あまり観たコトの無い形式です。

※2020年8月撮影

山陽本線は西に進んでいましたが田布施駅を過ぎて右にカーブ、北西に向かっています。

駅出入口。黒い木の柱があります。妻壁の縦型スリットも良いですね。

※2020年8月撮影

出入口アップ。黒い木の柱がユニーク。建物財産標がありました。記載は、昭和12年3月。駅舎が改築された時です。第2次世界大戦開戦2年前、1937年にはパリ万博が開催されています。スペイン内戦の最中でした。第二共和政政府によってピカソのゲルニカが出展されています。

※2020年8月撮影

岩田駅は1899年(明治32年)山陽鉄道の駅として開業。1906年(明治39年)国有化、1909年(明治42年)線路名称制定で山陽本線の所属駅になるところはこれまでと同じパターン。しかし1934年(昭和9年)現在の岩徳線が岩国駅から櫛ケ浜駅まで開通。こちらが山陽本線となります。

線路名称が改定され元の山陽本線は柳井線と改称。元山陽本線所属の駅はそのまま柳井線所属になりました。しかし山陽本線を複線化する際に長大なトンネルなどのある現在の岩徳線を避けて柳井線と言われた元の山陽本線が再び1944年(昭和19年)山陽本線に戻されます。

1937年(昭和12年)岩田駅の駅舎は改築。現行駅舎です。1962年(昭和37年)貨物取扱廃止。1964年(昭和39年)電化。1967年(昭和42年)跨線橋設置。1996年(平成8年)業務委託駅になります。さらに2004年(平成16年)簡易委託駅になり平日のみの窓口営業となりました。

北側から。電話ボックスの切妻屋根がかわいらしい。コンビの郵便ポストと並んでいます。本屋の瓦屋根の下からトタンの軒がのびているのが分かる角度です。

※2020年8月撮影

平入りの出入口の切妻屋根もトタン葺きです。

※2020年8月撮影

南側から。二階建て風の窓は高い天井の明かり取り。しかしこの窓がなかったら何とも間の抜けたプロポーションになってしまうところです。

※2020年8月撮影

駅前を見ています。左の寄棟屋根は光警察署大和駐在所です。でも近隣に大和という地名はありません。駅前を歩いてみました。岩田駅前交差点まで行くと大和食堂があって、商店街には大和商工会という看板がありました。駐在所も大和です。2004年(平成16年)に旧・光市と合併して消滅した大和町があったのです。

※2020年8月撮影

岩田駅前交差点の方から岩田駅。トップ画像は望遠レンズのカットです。

※2020年8月撮影

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)


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