【木造駅舎カタログ】山陰本線30/131 御来屋駅

2022.03.22

※2020年8月撮影

トップ画像は、山陰本線御来屋(みくりや)駅。改札口の上に「ほっとする空間 山陰最古の駅舎」という大きな看板がかかっていました。古風な佇まいの素晴らしい木造駅舎です。

右の駅出入口の切妻屋根と左の少し小さな切妻屋根の出入口には「みくりや市」と掲げられています。地元大山町の物産直売所です。

※2020年8月撮影

御来屋駅は、1902年(明治35年)官設鉄道のとして設置されました。1909年(明治42年)線路名称制定で山陰本線の所属になりました。

御来屋駅は、かつての山陰道御来屋宿の東外れに開業しています。御来屋の中心は現在の名和駅付近ですが、当時は(名和駅開業は7年後)街道の宿場町、米子宿、淀江宿、御来屋宿を駅名に付けたのです。

駅舎は、駅が開業した1902年(明治35年)の建造、山陰本線で最古の木造駅舎。1972年(昭和47年)旧国鉄から大山町に無償譲渡され2002年(平成14年)山陰鉄道発祥100周年を記念してレトロ風に駅舎が改修されました。2016年(平成28年)には国の登録有形文化財になっています。

2002年以前の駅舎は、一般的な木造駅舎の様に新建材とアルミサッシで改修されていましたが「レトロ風」にリニューアルされてすっかりオリジナル駅舎の雰囲気を取り戻しています。

※2020年8月撮影

駅舎内に掲示されていたパネルの内容を以下に写します。大山町からのメッセージですね。

「ようこそ 山陰最古の駅。御来屋へ

明治の文明開化とともに全国各地で鉄道の敷設を求める声が高まっていた中、待望の陸蒸気(SL)が境港~御来屋間を走ったのは、明治35年(1902)11月1日。

明治5年(1872)に新橋~横浜間に日本で最初の鉄道が敷設されてから、35年目のことでした。

当時の運賃は、境港~御来屋間が38銭(当時コーヒー1杯2銭)で、約1時間30分をかけて走りました。

境港~御来屋間が山陰地方で最初の工事区間になった理由は比較的平坦地で、現在の名和町富長に大山軍馬補充部があったためだと言われています。

以来百年、鉄道開業当時の駅舎が老朽化による建て替えで次々と消えていく中、御来屋駅の木造平屋建て駅舎は、明治期の建築様式を現代に伝える貴重な存在です。

特に駅舎内の荷物受け渡し台・切符の販売台や窓枠などは、当時の面影を色濃く残しています。

山陰鉄道発祥百周年にあたり、先人が守り伝えてきたこの貴重な遺産を次世代に継承すべく、駅舎の整備を行いました。

この駅舎が皆様に愛され大切にご利用いただき、すべての方にとっていつまでも「ほっとする空間」でありますように願っております。」

2002年に葺き替えられた屋根瓦ですが「JR鬼瓦」はありません。右のフェンスの向こうに島式ホーム上の車掌車を使った珍しい待合室が見えます。

※2020年8月撮影

アルミサッシではなく木枠の窓が良いですね。

※2020年8月撮影

赤くて丸い郵便ポストが似合う駅舎です。

※2020年8月撮影

東側から。駅前広場があります。

※2020年8月撮影

流石に実用的なサッシの引き戸が付いています。

※2020年8月撮影

2002年の懐古調へのリニューアルで外装に貼られた木材板。木枠の窓枠とともに極めて良い雰囲気です。

※2020年8月撮影

駅の正面。国道9号線の向こうには日本海。

※2020年8月撮影

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)


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