関西本線の木造駅舎 12駅目【木造駅舎カタログ】関西本線12/169 河内堅上駅

2022.05.31

※2020年12月撮影

トップ画像は、関西本線河内堅上(かわちかたかみ)駅。駅前の道路幅が狭いので駅舎正面は撮れません。駅前に灰皿があるのも今は珍しい眺めになりました。

愛知県を出発した関西本線も三重県、京都府、奈良県を通り、この河内堅上駅からはついに大阪府に入りました。とは言え、まだ奈良県との境界付近で駅の周囲は山々です。名古屋駅からは154.0km離れています。

関西本線の木造駅舎も12駅目、最後の駅です。

※2020年12月撮影

河内堅上駅は、1911年(明治44年)鐵道院関西本線の青谷信号所として始まりました。1927年(昭和2年)駅に格上げされ河内堅上駅が開業。国鉄分割民営化でJR西日本に継承され、1988年(昭和63年)「大和路線」の愛称使用が始まります。

脇に入る坂道の途中から撮りました。相対式ホームが見えます。ホームの東側は崖下を大和川が流れています。方向的には加茂駅側になりますが、かつては、川の向こうにあった砕石場からベルトコンベアーが川を越えて本線側に運んだ砕石を積み込む施設があったそうです。入換作業用の引き込み線や本線には渡り線もありました。2008年(平成20年)頃まではその遺構を見ることができたとのこと。

※2020年12月撮影

加茂駅側の三郷駅まで関西本線は大和川の右岸(北側)を進んで来ましたが、いったん左岸(南側)に渡り、河内堅上駅の手前で右岸(北側)に戻ります。この区間は「亀ノ瀬越え」と呼ばれ生駒山地と金剛山地の末端に挟まれた難所で地盤が悪く地すべりが頻発したのです。そのため開業当初は大阪側に「亀ノ瀬仮駅」を作り、奈良側の「稲葉山仮駅」との間を人力車で連絡させました。

1892年(明治25年)にようやく亀ノ瀬トンネルの供用開始で全通。さらに国有化後は複線化でもう1本トンネルも完成。しかし1932年(昭和7年)に大規模な地すべりが発生しトンネルは復旧不可能な状態になります。

開業した時の様に「亀ノ瀬西口駅」「亀ノ瀬東口駅」という仮駅をトンネル両側に設置して、徒歩連絡で関西本線は再開。ようやく1932年(昭和7年)暮れに左岸に現在も使われている明神山第一トンネルが完成したのです。その後放棄された亀ノ瀬トンネルの遺構が発見され明治時代のトンネルとして保存され地すべり対策事業の見学会などで公開されています。

上記は関西本線に乗って車窓を眺めないと分からないですよね。トップ画像の右に道案内があって「左900m 亀ノ瀬」となっていました。

※2020年12月撮影

駅出入口。ICカード自動改札機が設置されています。

※2020年12月撮影

これで関西本線の木造駅舎巡りは終了です。

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)


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