最初の木造駅舎は端正で素晴らしい【木造駅舎カタログ】紀勢本線01/170 一身田駅
※2020年12月撮影
トップ画像は、紀勢本線一身田(いしんでん)駅。紀勢本線最初の木造駅舎は端正な素晴らしい木造駅舎です。
【木造駅舎カタログ】は、紀勢本線です。
紀勢本線は、起点亀山駅から終点の和歌山駅までの384.2km。亀山駅から新宮駅まではJR東海の管轄で非電化単線区間。新宮駅から和歌山駅間はJR西日本管轄で直流電化されています。
歴史的には、亀山駅~多気駅間が最も早く、1891年(明治24年)関西鉄道が開通させた亀山駅~津駅間を延伸、1907年(明治40年)国有化され、参宮線の一部になりました。
多気駅から尾鷲駅間は紀勢東線として1934年(昭和9年)開通。尾鷲駅から三木里駅は1958年(昭和33年)にようやく開業。
いっぽう和歌山駅から新鹿駅までは紀勢西線として開業しましたが、新鹿駅~三木里駅間が開通して紀勢本線が全通したのは1959年(昭和34年)と時間がかかりました。
紀勢本線の歴史は簡単に済ませて木造駅舎を見てゆきましょう。これまで山陰本線では日本海の絶景を堪能しましたが、紀勢本線は紀伊長島駅からたっぷりと太平洋を眺めながら進みます。お楽しみに。
※2020年12月撮影
一身田駅は、1891年(明治24年)関西鉄道津支線の駅として開業。長い歴史を持つ駅です。1907年(明治40年)の関西鉄道国有化を経て1909年(明治42年)線路名称制定で参宮線の所属駅になります。1923年(大正12年)現在の木造駅舎に改築。1959年(昭和34年)亀山駅から多気駅間が紀勢本線に編入されました。国鉄分割民営化でJR東海の駅になり、2011年(平成23年)駅は無人化。
駅出入口。建物財産標は駅舎が改築された「大正12年12月」と記載されていました。
※2020年12月撮影
朝の8時台。幸い順光です。出入口が中央にあって厳密な左右対称ではありませんが、実に端正なプロポーションです。出入口横に丸い郵便ポストが立っているのもユニーク。
※2020年12月撮影
上り列車が着いて、私立高田中学・高等学校の生徒さんたちが降りて来ました。
※2020年12月撮影
しばらくの間は通学の生徒さんたちで駅は賑やかでした。
※2020年12月撮影
ようやく生徒さんたちがいなくなって、南側から駅舎。
※2020年12月撮影
まだ上り列車が停車しています。列車交換待ちの様です。
※2020年12月撮影
※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。
(写真・文章/住田至朗)