小湊鐵道五井駅から上総中野方面に向かう列車に乗り、窓の外を眺めていると、宇宙飛行士と出会うことがある。

宇宙飛行士といっても、生身の人間ではない。上総村上駅ホーム上のベンチに座る「彼」は芸術作品だ。ロシアの現代アーティスト レオニート・チシコフ氏が手掛けたもので、タイトルは《7つの月を探す旅「第二の駅 村上氏の最後の飛行 あるいは月行きの列車を待ちながら」》というそうだ。そのユニークな佇まいが人気なのか、「上総村上」で検索をかけてみると、この作品を撮影してSNSにUPしている人も見かける。

なぜ上総村上駅に「宇宙飛行士」の芸術作品があるのか――実は2021年11月19日(金)より、小湊鐵道沿線や千葉県市原市で芸術祭が行われているのだ。

「房総里山芸術祭 いちはらアート×ミックス2020+」

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開催期間:2021年11月19日(金)~2021年12月26日(日)

「房総里山芸術祭 いちはらアート×ミックス2020+」は、2014年に「中房総国際芸術祭」として産声を上げた里山を舞台とする芸術祭。3年ごとに開催されており、3回目の「いちはらアート×ミックス」は2020年3月から始まるはずだったが、コロナ禍により約1年半延期され、今秋の開催となった。

イベントには17の国と地域から約70組のアーティストが参加しており、小湊鐵道沿線の様々なエリアや全18駅内に芸術作品が設置されている。先に挙げた宇宙飛行士もその一つというわけだ。

開催初日となる2021年11月19日には小湊鐵道五井駅で開会式が行われ、関係者らによる挨拶が行われたのち、芸術を巡る「房総里山トロッコ列車」が出発した。

開会式で挨拶をする小出譲治 市原市長(いちはらアート×ミックス実行委員会会長)
小湊鐵道の列車にはアート×ミックスの開催期間等が描かれていた

北川フラム総合ディレクターは、開会式の挨拶で「小湊鐵道とともにこの里山はずっと過ごしてきた」と述べる。芸術祭は小湊鐵道を軸線として展開される。地域の持つ様々な資源は現代アートと融合し、活力みなぎる里山と魅力的な「いちはら」の姿を発信する。

鉄道の絡んだアート作品も多数展示

藤本壮介《里山トイレ》――木々と共生する複数のトイレの集合体。里山の始まりを予感させる風景を作ったという 展示箇所:上総牛久駅

「駅舎プロジェクト」として小湊鐵道各駅の敷地内にアート作品が展示されているほか、廃校や閉店した店舗を活用したアート作品もある。本稿では中でも鉄道と関係の深い展示作品を紹介したい。

秋廣誠《時間鉄道》――教室内に設置されたレールの上を車輪が降下していく。展示箇所:旧平三小学校

こちらは2016年に閉校した旧平三小学校で展示されている「時間鉄道」という作品。レールの一番上に位置する車輪が、芸術祭の期間一杯かけて一番下までたどり着く。ゼンマイ式の機械時計と同じ仕組みで、レールは小湊鐵道のものを使用したという。

ゼンマイ式の機械時計と同じ仕組みでゆっくりと時間をかけて動く

たとえば近くにお住まいの方なら、毎日少しずつ降りている車輪の様子を観察することもできるだろう。もし遠くから来訪されるのであれば、ぜひ写真をSNSなどにUPして欲しい。車輪は少しずつ動いている。リアルタイムではほとんど静止しているようにしか感じられないが、撮影日の異なる写真が多数集まればそのゆるやかな「動き」を実感できるだろう。

木村崇人《森ラジオ ステーション×森遊会》――元は鉄道保線員の詰所だった。展示箇所:月崎駅

「森ラジオ ステーション×森遊会」は、月崎駅の鉄道保線員の詰所小屋を森に見立てて制作された作品だ。2014年の芸術祭では「森ラジオステーション」という名前だったが、その後も地元団体「森遊会」が維持管理をサポート。作品名を変更し、2021年の芸術祭でもその存在感を放っている。

里山へ向かってマクラギが敷かれている

詰め所内の土間や建物の外にマクラギを敷き、まるで軌道自転車で森に向かうかのようなイメージを創り上げている。月崎駅は今でこそ小さな無人駅だが、かつてはもっと大きな駅だったそうで、SLの給水などに使われた設備の名残も見られる。

当時使用されていた道具も残る
展示作品とは直接関係ないが、かつての月崎駅を思わせる構造物も

もちろん、こういった鉄道関係のアート作品以外にも魅力的な展示は多い。コロナ禍や台風・水害等を乗り越え無事開催にこぎつけた「房総里山芸術祭 いちはらアート×ミックス2020+」で特に筆者が目を引かれた作品については、この先に写真を掲載している。市原や小湊鉄道を訪れる際は、そちらも併せて確認されたい。