福井県南西部・若狭地方の日本海側に位置する「小浜市(おばまし)」。京都市のほぼ真北に位置するため、古くから京都へ海産物を運んだ「鯖街道(さばかいどう)」の起点として、独自の港町文化を発展させてきました。
京都市からは車で1時間20分ほど、敦賀市からは約45分(高速道路利用)とアクセスも良く、週末の小旅行にもピッタリの街です。特に寒い冬の時期にはカニをはじめとした美味しい魚介類を求めて多くの人が訪れる場所として有名ですが、実は一年を通して楽しめる魅力的な場所が数多く点在しています。
今回の記事では、明治時代の貴重な街並みが残る「小浜西組」散策の楽しみ方から、人魚伝説が残る「空印寺」、築100年の町屋を改装したおしゃれなカフェまで、歴史と風情を感じる知られざる観光スポット小浜の魅力を独自目線でレポートしていきます。

小浜へのアクセスと小浜西組エリア

小浜市への移動ですが、北陸新幹線の敦賀延伸により、関東や関西からの鉄道アクセスも大変便利になりました。
敦賀駅でJR小浜線に乗り換えてのんびりローカル線の旅を楽しむか、敦賀駅周辺でレンタカーを借りて、風光明媚な若狭湾沿いをドライブしながら向かうのもおすすめです。
今回ご紹介する「小浜西組」エリアは、JR小浜線「小浜駅」から徒歩15分ほどでアクセス可能です。街歩きのエリアは、道が細く入り組んでいるため、駅周辺や観光用の駐車場に車を停めて、徒歩またはレンタサイクルで巡るのがベストです。

「小浜西組と三丁町を巡るコース」のパンフレット (画像:若狭おばま
観光案内所より)

貴重な昔の街並みが今も!小浜は北前船の重要な前線基地だった!

奈良時代や鎌倉時代から、小浜で水揚げされた魚介類などは、行商人たちが山を越えて天皇のいる京都へと運んでいました。この物流ルートは、江戸時代ごろからは「鯖街道(さばかいどう)」と呼ばれ、多くの荷物を運ぶ人たちが行き来する、日本海側と京都とを結ぶ大動脈として賑わっていたといいます。
江戸時代から明治時代にかけては、「北前船」という船の大集団が日本海側を航行し、商人の街・大阪と北海道の小樽との間を、途中にある様々な寄港地で商品を売り買いしながら行き来をしていました。北海道に行く際には米や酒、塩、織物、薬など現地の生活を支えるものを運び、北海道から京都・大阪へはニシンや昆布、鮭などの海産物を運んでいたそうです。小浜は、船と陸を結ぶ貨物物流の重要な中継拠点として大変栄えており、巨大な富を築いた豪商などが居を構えていたそうです。

小浜の西町地区には、今では貴重な、日本の昔からの木造建築が並ぶ街並みが残ります(筆者撮影・鉄道チャンネル)

そんな小浜市の旧市街に、国の重要伝統的建造物群保存地区「小浜西組」があります。戦災をまぬがれ、津波の被害も受けずに、明治時代の街並みがそのまま残るという貴重な場所なんです。

小浜西組ってどんな町?重要伝統的建造物を見てみよう!

小浜西組と呼ばれるエリアを小浜市の文化観光課の方に案内をしていただきました。この辺りは、JR小浜駅から歩いて15分ほどの、旧市街の西側一帯で、昔からの街並みが、ほぼそのままきれいに残されています。
江戸時代~明治にかけてが最も賑わっていたといわれるこの町ですが、明治時代の大火により多くの建物が消失してしまったものの、後に見事に再建されました。その後の戦災や津波をまぬがれたおかげで、明治4年(1871年)の地籍図とほぼ同じ町割りが今も生きているという大変珍しい地域です。

小浜の旧市街は、江戸時代には東組・中組・西組の3つに分けられていたそうですが、このうち西のエリアに古い建物が数多く残っていたことから、2008年6月に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。範囲は約19.1ヘクタールと、かなり広い一帯です。2024年時点で278棟が伝統的建造物に特定されており、これは全国で5番目に多い数です。

遠くまでは見渡せないという町の作りになっています(写真:鉄道チャンネル)

細い路地が続くこの地域ですが、戦国時代に若狭武田氏が築いた城下町の防衛上の名残により、敵が簡単に攻め込めないよう、通りが見通しのつきにくいかぎ状や曲がりくねった形状に設計されているそうです。

この町が全国的に見ても珍しいとされる理由の一つが、「商家町」「茶屋町」「寺町」という性格の違う3つのまちが、ひとつの保存地区に混在していることです。

「商家町」は商業や手工業などを行う地域となっており、間口が広い商店や町屋(まちや)といわれる間口が狭い店舗併設の住居が道路に沿って立ち並ぶような場所です。現在の商店街ということになるのでしょう。町屋はうなぎの寝床ともいわれ、間口は狭いですが奥には長く作られており、京都などでもよく見られる家屋です。

町屋の雰囲気が楽しめる カフェぼんくら(写真:鉄道チャンネル)

小浜市は、2007年度後期のNHK連続テレビ小説「ちりとてちん」(主演:貫地谷しほり)の舞台・ロケ地にもなっており、この小浜西組でも多くのシーンの撮影が行われたそうで、この建物の横にも、当時のロケ地だったことを案内するための看板が立っていました。

”焼き鯖すし” で有名なお店「若廣」の建物です

「茶屋町」(茶屋街)は、夜に芸妓の舞いや三味線などを楽しむお茶屋さんが建ち並ぶ、いわゆる歓楽街です。保存地区の西側にある三丁町(さんちょうまち)が、かつての茶屋街にあたります。
港町である小浜は、船乗りと街道を行きかう人々の接点にあたるため、若狭随一の花街としての顔も持っており、芝居小屋には多くの観客が集い、茶屋町の最盛期には48軒ものお茶屋さんが立ち並び多くの芸妓が活動をしたそうです。

狭い路地に茶屋建築が並びます

千本格子や出格子の続く通りには、以前はお茶屋がずらりと並んでおり、三味線の音が漏れ聞こえ芸妓が行き交う、京都の祇園のような雰囲気の場所だったといいます。

現在は、福井県内で唯一となる芸妓文化を伝える 「料亭播磨」が、西町三丁町に残り、営業を続けています。その1軒には今も現役の芸妓さんがいて、いちばん若い方は京都の宮川町で修行を積んで小浜に帰ってきた方で、お母さんも同じ店の芸妓と、親子で務めているそうです。
観光客でも、事前に相談すれば座敷を頼め、舞をお願いできるそうです。(当日の飛び込みは難しいとのことですので事前にご相談ください)。

現在は小浜で唯一、福井県内でも一軒だけのお茶屋「料亭播磨」。ランチ営業もしています。

そして「寺町」は、読んで字のごとく、寺院・お寺さんが集まる地域です。西組の南側の山麓にはお寺がずらりと集まっています。今回はそんな寺町にあるお寺「空印寺」へ、足を運びました。このお寺は小浜藩主・酒井家の菩提寺でもありますが、人魚にまつわる面白い話が残っていますのでご紹介します。

小浜西町にある「空印寺」の門、小浜藩主だった酒井家の菩提寺でもあります

人魚伝説が残る藩主の菩提寺「空印寺」!800年生きた尼が眠る洞窟も!

空印寺は小浜西組にある男山のふもとに建つ曹洞宗の寺で、小浜藩主・酒井家の菩提寺です。境内には歴代藩主の墓所が並びます。
このお寺を有名にしているのが、人魚の肉を食べたために年を取らなくなり、800年を生きたと伝わる八百比丘尼(やおびくに)の伝説の主人公が入ったとされる「八百比丘尼入定洞(やおびくに にゅうじょうどう)」です。境内の一角に口を開けた洞窟がその伝説の地です。

小浜市の空印寺にある「八百比丘尼入定洞」

お寺には貴重な掛け軸も残されており、その伝説ではこう伝わっているそうです。
小浜の長者が竜宮を思わせる館に招かれた宴の途中、お手洗いへ行く途中で台所が目に入る。そこで彼が目にしたのは人魚のような生き物でした。その宴で出された人魚の肉には手を付けませんでしたが、土産として人魚の肉をもらい家へ持ち帰ってしまう。それを知らずに食べたのが、16歳の娘でした。娘はやがて年を取らなくなり、夫や子、孫に先立たれていきます。居場所を失った彼女は120歳で髪を下ろし、諸国を巡ったのち、若狭へ帰ってきたといいます。

左上が八百比丘尼の姿。他は「空印寺」にある掛け軸に描かれた宴の様子。下図では台所で人魚を調理している様子が描かれています(空印寺のパンフレットより)

その女性「八百比丘尼」が、最後に入定(亡くなった)したとされるのが、この洞窟です。肝心の「人魚」の正体には諸説あり、隠岐のニホンアシカだった、沖縄から伝わったジュゴンの話がもとになった、などと語り継がれています。海を通じて人と物が行き交った、この小浜という土地ならではの物語ですね。

洞窟の中は真っ暗でひんやりした空間でした

今回は取材のため、特別に洞窟の中にも入れてもらいました。足元は濡れて滑りやすく、階段も整備されていません。高さ約2m、幅1.5m、奥行き5mほどの小さな空間ですが、中に入るとひんやりとした空気に包まれます。もともとは波が削ってできた海食洞で、岩肌が濡れているのは岩の水分が溶け出しているためだそうです。真夏の町歩きで、いちばん涼しい場所でした。

八百比丘尼(やおびくに)」と人魚を描いた貴重な掛け軸が伝わる「空印寺」

曹洞宗 空印寺
・住所:福井県小浜市小浜男山2
・拝観料:400円
・アクセス:JR小浜駅から徒歩約10分
・電話:0770-52-1936(拝観時間は要問い合わせ)

なお、小浜の海岸沿いには、この八百比丘尼の伝説にちなんだ、人魚の像が設置されている「マーメイドテラス」という場所があります。日本海の海と、そこに沈む夕陽を眺めるにはもってこいのスポットですので、小浜に行った際にはぜひこちらも訪れてみてください。

日本海沿いにある「マーメイドテラス」は天気の良い夕暮れ時には、日本海に沈む美しい夕日が見られるスポットでもあります

見どころは「火事と闘ってきた町」の痕跡

町歩きの楽しみ方として、ぜひおすすめしたい視点があります。それは、この町に残る、火事と闘ってきた痕跡を探すことです。
古い町並みとはいえ、今建っている家の多くは明治21年(1888年)の大火のあとに建てられたものです。密集した木造の町にとって、火事は町ごと失いかねない脅威でした。だから小浜の町家には、火と闘うための工夫が随所に残っています。

井戸マークを探しながら歩く
下の写真のように、街歩きで見てほしいのが、家の外側に掲げられた「井戸のマーク」です。

玄関の扉の上に井戸の「井」のようなマークが見えます

「井」の字が記された家は、その家が井戸を持っていることを示しています。数字が併記されている場合、それは井戸の数です。「2」とあれば、その家には井戸が2つあるということになりそうです。
なぜこんな表示があるのでしょうか?実は、火事が起きた時にどの家に井戸があるかが、外から見て誰にでもわかるようにするためで、町の人が総出で消火にあたる際にはこの印を頼りに水を汲みに走ることができるそうです。

同じ趣旨で「水」のマークが付けられた家もあります。歩きながらこの印を探していくと、ただの古い家並みが、火事と隣り合わせで暮らしてきた人たちの町として見えてきます。

街歩きで見つかる? 袖うだつと、波の瓦

建物そのものにも工夫があるそうです。それは、隣あった家と家の境界に張り出した袖壁(袖うだつ)と呼ばれる壁。これは、隣で火が出たときに炎が燃え移るのを防ぐための、いわゆる防火壁になっています。

家と家との間の防火壁「袖うだつ」

また、建物の屋根に目を移すと、若狭瓦が使われています。土葺きの屋根に、独特の色合いの瓦です。小浜周辺で作られたこの瓦ですが、北前船で運ばれることも多く、福井県から遠く離れた北海道、特に小樽市周辺の家々では現在でもこの若狭瓦を使用した家も見られるそうです。
屋根の飾りに波の意匠を用いた例もあり、これも火除けの願いによるもので、水の力で火から家を守るという意味を持つそうです。

若狭瓦の屋根、波の意匠の屋根飾りが見られます

ただ、この若狭瓦を焼く人は、もういません。最後の職人が2010年に廃業し、生産は途絶えました。瓦を焼くだるま窯だけが残り、地元のNPOが保存活動を続けています。屋根の瓦は、今となっては失われた技術の記録でもあるようです。

京都の風習「くくり猿」が、なぜ福井にあるのか

町を歩いていると、軒先に色とりどりの布の人形が下がっているのを見かけます。手足をくくられた猿、「くくり猿」と呼ばれるものです。

玄関先にぶら下がる「くくり猿」

これは庚申信仰(こうしんしんこう)に基づくもので、京都の八坂庚申堂(金剛寺)では色鮮やかなくくり猿がたくさん吊るされていることで知られています。
人の体内には三尸(さんし)の虫がいて、庚申の日の夜、眠っているあいだに天の神様のもとへ行きその人の悪事を告げ口してしまうと、信じられていました。だからその夜は、人々が誰かの家に集まり、夜通し起きて過ごしたのです。くくり猿は、欲のままに動く猿を戒める姿であり、家の身代わりとなって災いを引き受けてくれる存在だとされているそうです。小浜のくくり猿は、地元の方々の手作りだそうです。

「くくり猿」は京都でも多く見られますが、小浜のものは手作りが多いそうです

なぜ京都の風習が福井にあるのか?それは小浜が古くから京都と深くつながってきた町だからです。
小浜は文化的には京都・奈良に近く、言葉もほとんど関西弁なんです。同じ福井県でも、北部の嶺北は石川県に近い文化圏で、まったく雰囲気が異なります。
2026年4月から6月に放送されたフジテレビ系ドラマ「サバ缶、宇宙へ行く」で小浜が舞台になった際には、「福井が舞台なのに、なぜ登場人物が関西弁なのか」と疑問を持った視聴者もいたそうですが、実際は小浜の人たちは関西弁で話すということで、ドラマが正確だったというわけです。

築100年の町屋をリニューアルした町屋カフェレストラン

小浜西組に多い町屋の建物をリニューアルして、現代風によみがえらせたカフェ&レストランが「39食堂(さんきゅうしょくどう)」です。

昔の町屋2軒分を改装した 39食堂

横並びの間口2軒分を一つのお店に改造をしたそう。中に入ると入口の上部には吹き抜けの空間が広がります。

昔の町屋の建物内部はきれいにリニューアルされています

奥に長い構造になっており、テーブル席が続いており、左側には上がりの和室もあります。

昔の町屋らしく、奥に長い構造になっています

小あがりの奥には、小さな庭もあります。これは坪庭といわれる町屋の建物の中にある庭で、この建物内に2軒あった住居で兼用して使用されていたそうです。現在は店の中に居ながら、少しだけ和の自然を感じることができる空間として利用されていました。

町屋の奥には坪庭の空間も

ランチタイムにはハンバーグやカレーなどが楽しめるそうですが、今回は午後のカフェタイムのメニューから、自家製スイーツの「焼きわらび餅・お茶」のセット(取材時780円)をいただきます。

焼きわらび餅・お茶付き

焼いてあるわらび餅は、 きなこ・抹茶・ごまの3種類の味。とても柔らかいけれどもちもちの食感が味わえます。

39食堂(さんきゅうしょくどう)
福井県小浜市小浜浅間27-1(小浜西組エリア)
営業時間 11:00~17:00(LO16:30)
定休日 月・火

今回の記事では、福井県小浜市にある歴史的な街並みを歩きながら楽しめる「小浜西組」の風景などを中心にお届けしてきました。火事から町を守る工夫や、京都と深く結びついた文化、そして人魚伝説の洞窟など、歩けば歩くほど奥深い歴史に出会えるのが小浜です。夏休みの小旅行に、京都からも敦賀からも行きやすい、古くからの魅力を残す港町にぜひ出かけてみませんか。

次回の記事では、大学の学生たちが運営する風変わりな、町家を利用した水族館や、若狭の食の魅力など、まだまだ小浜の魅力をお届けします。

(文・写真:鎌田啓吾)
旅とおでかけ!鉄道チャンネル

 

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