【私鉄に乗ろう 36】水間鉄道水間線 その1
水間寺(通称:水間観音)への参詣鉄道として1926年(昭和元年)開業
水間観音駅の駅舎は、1926年(大正15年)の開業以来の建築です。1998年(平成10年)に国の登録有形文化財に登録されています。※トップ画像参照 南海電鉄の貝塚駅から5.5km、全部で10の駅があります。単純に割り算しても駅間は600m程の小さな鉄道会社です。
この古い鉄道会社は、簡単に言うとバブル期の不動産事業への投資で失敗、2005年(平成17年)に経営破綻。2006年(平成18年)外食チェーンのグルメ杵屋が支援企業になり、杵屋が100%の株式を保有する新生会社として再出発しました。関東に住んでいると、この杵屋さん、あまり馴染みが無いのですが、蕎麦チェーン店の「信州そば処そじ坊」を展開している会社と言われれば分かります。
「水間鉄道」、関西に住んでいない人にはあまり知られていないのではないかと思います。筆者が水間鉄道を知ったのは2012年(平成24年)6月のことでした。偶々、鉄道会社と日本酒のコラボレーションの集まりで当時の水間鉄道の社長さんと知り合ったのです。現在のグルメ杵屋の子会社になった後の話です。左側が水間鉄道応援酒「鐵の道」、美味しかったです。
南海電車で貝塚駅に行きました
南海の貝塚駅から水間鉄道の駅が見えました。「奥水間ハイキング」の看板。
奥の階段を登ると南海電車の貝塚駅です。手前に水間鉄道の乗り場。
正面から改札を見ます。島式ホーム1面2線が頭端式になっています。全国共通のICカード(筆者はJR東日本のSuicaを使いました)で乗り降りできます。
切符売り場もありました。
ホーム先端から改札方向を見ます。手前に看板があります。
列車が到着。東急電鉄の7000系電車です。変電所の設備と一緒に1990年(平成2年)2両x5編成が導入されました。2006年(平成18年)7000系は全車両更新されて1000形になりました。1004号車は中間車改造ではなく7000系導入時から先頭車両です。嘉門タツオ&斉藤雪乃『鉄の女』のヘッドマークが付いていました。何故か弘南鉄道のロゴが・・・。
貝塚駅を出発するとR135のカーブで20km/h制限。かなりゆっくり走ります。
線路は真っ直ぐ。正面に山塊が見えます。葛城山(858m)がメインなのかな。
貝塚駅から0.8kmで貝塚市役所前駅です。
駅名標。1967年(昭和42年)開業。
ベンチも柱もブルーです。
ここから前面展望を撮っています。
第2阪和国道の下をくぐります。
0.4kmで近義の里駅。
駅名標。1969年(昭和44年)、水間鉄道は最後に開業した駅です。駅名の由来は、古い時代にこのエリアを支配していた豪族に由来する様です。
こちらもベンチはブルー。貝塚市役所前駅と似ています。
住宅地を粛々と進行します。
では【私鉄に乗ろう 36】水間鉄道水間線 その2 に続きます。
(写真・記事/住田至朗)