ギュイーン、ギュイーン、ギュイーン……。

小さいころから我が家のシンボルだった、庭のイヌマキという大木が、チェーンソーで伐採され、新たに生まれ変わろうとしている。

思い出がいっぱいつまった家。その扉やシンク、フェンスなどが次々と取り外されていく。

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親子2世代が過ごしてきた我が家の最期を、母・娘・孫と見届ける―――。

これ、棟下式(むねおろしき)という時間のひとコマ。

建物を新築するとき、上棟式という時間がある。「棟上げ」ともいわれる式のひとつで、「始まりの式があるならば、終わりの式もあるだろう」という想いを具現化したのが、棟下式(むねおろしき)。

現場は、住宅街や田園風景が車窓に映る東武野田線、川間駅から歩いて10分ほど。千葉県野田市の静かな住宅街。

この家に住んでいた家族は、「通勤に便利な、もう少し都心に近い場所へ」という思いから、つくばエクスプレス沿線に新たに戸建て住宅を購入。

そのときの住宅メーカーが、中央グリーン開発(ポラスグループ)。戸建分譲住宅を供給する同社が、一家の新たな家を建てながら、「別れ惜しむ家主と家族に、長年暮らしてきた家の想い出を」というメッセージを込めて実施しているのが、この棟下式。今回で3回目の取り組み。

新しい家に旧居の思い出を残す

この日、思い出がいっぱい詰まった旧居に、母と娘、そして娘の孫たちが駆けつけ、中央グリーン開発と任意団体MRT(南房総DIYリノベチーム)が集結。棟下式に挑んだ。

「よろしくお願いします」

あいさつを早々に済ませると、解体チームは遠慮なく旧居の物品を外していく。

ここで注目するのは、壊すのではなく、外す。思い出がいっぱい詰まった家屋物品や樹木を外し、南房総DIYリノベチームのメンバーがリユース加工し、家主たちに「新居に残る旧居の想い出」として再び届ける……これが棟下式で最もチカラを入れる点。

子どもの腕の太さほどの木は、材木店を営む南房総DIYリノベメンバーが、色鉛筆に仕立てて、子どもたちにサプライズプレゼントにすることを企画。

解体の流れで、神棚の一枚板はテーブルしたらどうかという話も。そのテーブルの脚には、「庭の大きなイヌマキの木を使おうじゃないか」という話も出てきた。

終わりは始まり

この一家の主人が他界し、新たな住まいに移るというときに、この棟下式に立ち会うことになった母。

母は、「主人は庭の手入れが趣味でした」というと、娘は「植木が好きだった父が、こうしたかたちで新たな家にいてくれてるようで、ほんとうにありがたい。思い出がいっぱいある木や板がテーブルになるとうれしいですね」と。

チェーンソーの音、取り外される旧居を見つめる母娘……なぜか、「僕たちの終わりは、始まりに過ぎなかった」(Era Só Começo Nosso Fim)というトニーニョ・オルタ(Toninho Horta)のうたが、この光景に重なった。

現場にいたポラスグループのスタッフは、「人口・世帯減少により、空家問題に直面するなか、新築分譲住宅地の開発を担う事業者として、この社会的課題にどう取り組んでいくべきかを考えている」と語っていた。

「住み替えニーズにともなう空家化は一定量発生していく。また開発に解体はつきもの。可能なものはリユースするという流れ・仕組みづくりを、より深く取り組んでいきたい」(ポラスグループ)