【私鉄に乗ろう 62】長良川鉄道越美南線 その1

2018.07.29

※この「私鉄に乗ろう」の写真は、筆者がプライベートな旅で撮影したものです。鉄道会社さんから許可をいただいていませんので、乗車券があれば誰でも入れる場所から、手持ちで撮影したスナップ写真です。ポケットに入るコンパクト・デジタルカメラ(SONY DSC-WX500)で撮影しています。2018年4月9日(月)の撮影。別途2014年9月7日に撮影した写真にはキャプションでその旨記載しています。

越美北線と越美南線

JR西日本に福井駅から九頭竜湖駅間の越美北線(九頭竜線)があります。今回乗る長良川鉄道は越美南線と呼ばれます。旧国鉄時代に岐阜県美濃加茂市の美濃太田駅から福井県福井市の越前花堂駅を結ぶ148.6kmの越美線として計画されました。しかし、北濃〜九頭竜湖間の約24kmが未成区間として残されました。

越美北線は、1960年(昭和35年)南福井駅(現・越前花堂駅)〜勝原駅間43.1kmが開業。1972年(昭和47年)勝原駅〜九頭竜湖駅間10.2kmが延伸開業しました。

一方の越美南線は、ずっと古く、1923年(大正12年)に美濃太田駅〜美濃町(現・美濃市)駅間17.7kmが開通。それから11年をかけて1934年(昭和9年)に北濃駅までの72.1kmが全通しました。1984年(昭和59年)第2次特定地方交通線として廃止が承認されたため、1986年(昭和61年)12月に、第三セクター(株)長良川鉄道に移管されました。長良川鉄道になって12の駅が新設され、始終点を含め38駅があります。

長良川鉄道は長良川に沿って山間部を走るため台風、豪雨、豪雪の被害で不通になることが多く、1週間以上不通になった年だけでも、1959年(昭和34年)約3ヶ月、1960年(昭和35年)全線復旧までに年8ヶ月、1978年(昭和53年)約6ヶ月、1980年(昭和55年)には異なるエリアで5月約10ヶ月と12月約2ヶ月、1999年(平成11年)約7ヶ月、2000年(平成12年)約20日、2004年(平成16年)約2ヶ月、2005年(平成17年)約2週間、と凄まじい被災状況です。

沿線人口の推移によって輸送実績も1992年(平成4年)の年間180.4万人、輸送密度860人/日をピークに2013年(平成25年)には72.0万人/年とピーク時の40%にまで落ち込んでいます。

では美濃太田から始発で北濃に向かいます

始発は、06:25発です。先夜は美濃太田に泊まりましたが、駅とホテル周辺に早朝から営業している飲食店はありません。昨夜、コンビニで朝食を買っておけば良かったのですが・・・。コンビニは、駅やホテルから10分以上かかるので、往復約30分かけて朝食を買いに行くのも面倒です。

美濃太田駅6時。大きな駅ですがJR改札横の売店は7:00からなので自販機でお茶を買ったのみ。写真は南口です。

跨線橋から長良川鉄道のホームに降りると券売所がありますが開いてはいません。まだ6時だし。

終端側に立ってJRホームを見ます。夜間停泊車両は無いので関駅からの始発待ちです。JRホーム上の弁当屋さんが開くのは11時頃かな。空腹です。(笑)

さらにカメラを左に振ると南口方面が見えます。JR美濃太田駅改札は跨線橋(自由通路)にあります。

駅名標。ホームが狭いので引きが撮れません。

2014年9月7日に撮影した駅名標。駅番号が無く、平仮名表記でした。

※2014年9月7日撮影

05:51関駅からの始発列車が06:11に到着しました。ナガラ300形304です。

ワンマンの運転士さんから1日乗車券2700円を買いました。北濃に向け、出発です。

右奥にJRの転車台が有るのを御存知ですか?

今でも時々使われるそうです。

しばらく高山本線と並走しますが離れてゆきます。

北濃に向け、132分の旅が始まりました。北濃にも飲食店は無いので往復約300分、5時間も空腹をかかえての撮影です。とほほ。

次回【私鉄に乗ろう 62】長良川鉄道越美南線 その2 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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