※2018年2月撮影

大川寺駅に初めて来た時は、要塞の様に堅固な鉄筋コンクリートの駅舎に驚きました。駅の背後、小高い崖の上には約1万坪の段丘が広がり、スキー場や公園が整備され、1960年代には大川寺遊園地が作られました。また、駅の西側には北陸電力上滝水力発電所から地下を流れてきた水流が常西合口用水路として地上に出て来ます。大川寺駅のホーム、南富山側の真下にこの流れがあります。

※2019年7月撮影

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こちらが南富山側ホームの真下に流れ出る常西合口用水路。

※2019年7月撮影

駅の東側には常願寺川が流れています。大川寺駅ホームの東側はそのまま大川寺川橋梁になっています。下流側には県道35号線の橋梁が並んでいます。

※2019年7月撮影

トップ画像は2018年(平成30年)2月に岩峅寺駅方面に向かっていた時の前面展望。大川寺駅に停車する下り列車から雪の常願寺橋梁を撮ったものです。

1934年(昭和9年)に富山県営鉄道によって架橋された常願寺橋梁は、1975年(昭和50年)に架け替えられ、その際の線形の見直しなどで元の位置から南に駅の位置が移され、段丘の一部を削った場所に現在の鉄筋コンクリートで覆われた駅が新たに作られました。1976年(昭和51年)に使用開始。

※2019年7月撮影

駅には階段を登って上がります。

※2019年7月撮影

かつては駅事務スペースも現在は待合室になっています。左が駅舎出入口。右はホームです。

※2019年7月撮影

ホームから南富山方面。すぐ先で、下を用水が流れています。

※2019年7月撮影

反対の岩峅寺方面。鉄筋コンクリートの要塞みたいです。

※2019年7月撮影

先の常願寺橋梁を望遠レンズで撮りました。

※2019年7月撮影

駅名標。大川寺駅にはちょっと複雑な歴史があります。

1929年(昭和4年)富山県営鉄道上滝公園下駅として開業。1958年(昭和33年)大川寺公園で第13回富山国体の馬術競技が開催され昭和天皇もご覧になりました。1959年(昭和34年)大川寺公園駅に改称。

富山地方鉄道と大山町による第三セクター大川寺遊園(株)が発足、大川寺公園の遊園地化が進められました。1967年(昭和42年)に駅は大川寺遊園地駅に改称されます。

1980年(昭和55年)には年間35万人の来場者を数えた大川寺遊園地でしたが、県内に他の大型娯楽施設が複数オープンし、1995年(平成7年)には入場者が8万人台にまで減少。遊具類の老朽化などもあって大川寺遊園地は1996年度(平成8年度)をもって閉園されました。

大川寺遊園地閉園によって大川寺遊園地も、1997年(平成9年)に大川寺駅に改称されます。

※2019年7月撮影

駅の常願寺対岸には雄山神社への表参道があって初詣の時は駅員配置となります。

※2019年7月撮影

さて、この大川寺駅で富山地方鉄道の本線、立山線、不二越・上滝線の全駅を回ったことになります。正味3日間で67駅を撮影しましたが、幸いにわか雨に遭いながらもどうにかほとんどの駅で傘をささずに撮影ができました。

何と言っても、大正から昭和初期にかけて建てられた木造駅舎が素晴らしかった!

富山地方鉄道さんにとっては老朽化でメンテナンスや改修にアタマの痛い部分もあるかも知れませんが、これらの木造駅舎は素晴らしい近代遺産であると思います。是非、少しでも長く、少しでも大切に駅として現役であることを祈ります。

次回は総集編として木造駅舎を一気にご覧いただきます。

(写真・記事/住田至朗)